10.開放の刻 「今日をもって、俺たちは解放される」 直立不動で立つ数十人の看守たちを前に、ジャーヴィーは重々しく口を開いた。 「だからこれは俺たちにとって…最後にして最大の使命だ!油断するんじゃねぇぞ!」 ジャーヴィーの怒鳴り声に、看守たちはピリ、と背筋を緊張させる。 「ジャーヴィー!」 その時、看守の一人が息せき切って駆け込んで来た。 「どうした!?」 「『目標』が…動いた」 「『護衛対象』は?」 「シルヴェスが連れて、出口へ向かっている」 「…よし」 暫し何事かを考えていたジャーヴィーは、ぱっと顔を上げ、全員の顔を見渡す。 「…最後のミッションだ!行くぞ、お前ら!」 「Yes,sir!」 綺麗に揃った掛け声と共に、看守たちはそれぞれの配置へと駆け出した。 そして、史上最悪の鬼ごっこが始まる。 デューラは走っていた。刑務所の中を。わき目も振らず。 そしてその後を追いかけるのは、普段は彼の忠実な部下である筈の…看守たち。 「主任!お待ちください!」 「行かせませんよ!主任!」 「貴様ら…!何の権限があって俺の邪魔をする!」 横からタックルしてきた部下をなぎ倒しながら、デューラは怒鳴る。 「だって主任…139番の所に行くつもりでしょう!」 「…そうだ!それが悪いか!」 「今日、彼は出所するんですよ、主任!」 「そうですよ!もうそっとしておいてやりましょうよ!アイツは自由になるんですから!」 「だからだ!俺が散々世話してやったってのに、あいつは顔を出しもしねぇ…だったら、俺の方から行ってやるしかねぇだろう!」 「行って彼に何する気ですか、主任!」 「『何する気』…だと!?」 怒鳴り返すデューラの声が、僅かにうろたえた。 間髪入れず、看守が叫ぶ。 「俺たち知ってますよ、主任!今日、出口のところに馬車雇って待たせてるって!」 「アンタ139番が出所した瞬間、拉致る気でしょう!お見通しッスよ!」 「てめぇら…何処まで調べやがったぁぁっ!!」 「主任が『町の郊外に一軒家を買った』ってトコまでですよ!」 「ちなみに情報源は、主任のお母様です!いい加減観念して捕まって下さい!」 「畜生…お袋の奴…!」 脳裏で高笑いする憎らしい母の姿を思い浮かべ、デューラは歯噛みする。 「こうなったら…意地でもガイズの所までたどり着いてやる!」 「させないと言っているでしょう!」 看守の一人が、呼子笛を吹いた。 角から何人もの看守が新たに現れた。 「あれ…?笛の音がする」 何だろ?とガイズは首を傾げた。 「さぁ…何だろうねぇ」 『護衛係』ことシルヴェスは、しっかりとガイズをガードしたままで微妙に引き攣った笑みを浮かべる。 「…そ、それより、早く行こうか」 促されてガイズは荷物を抱えなおし、再び歩き始めた。 だが、先に立つシルヴェスが足を向けた方向に、ふと首を傾げる。 「あの…出口ってそっちでしたっけ…」 「ああ…直接最短ルートを通ると、鉢合わせになる可能性が高いからな…」 呟かれた言葉の意味は、ガイズにはよく分からない。 「はぁ…?」 「あ、いや、何でも無いよ。行こう」 ぐいぐいと背中を押され、釈然としないままにガイズは歩き出した。 「畜生…!何処だ!ガイズ!」 デューラは、まだ逃げ回っていた。 追いかけられながらも漸くガイズの通るであろうルートまで戻ったが、どれ程待ってもガイズは現れない。 (先読みされたか…!さてはルートを代えて逃げやがったな!?) 他の通路を走って見慣れたあの姿を探すが、代わりにわらわらと現れるのは紺の制服の看守たちばかりだ。 それらを時には警棒で、時には作業室の椅子で、時には貯蔵庫のワインを転がしてなぎ倒してき たが、倒しても倒しても現れる看守たちに、流石の体力自慢のデューラも息が上がってきた。 「止まって下さい、主任!」 『止まって下さい』という丁寧な呼びかけとは裏腹に、容赦なく小麦粉の袋やら何やらが背後から投げつけられる。 流石に避けきれず、ぼふ、と音を立てて袋が直撃した。 視界とデューラの全身は真っ白の粉まみれになる。 「こ…っの…!お前ら普段の鬱憤もここぞとばかりに晴らしてるだろ!!」 デューラも負けず、先ほど調理室から失敬した卵をポケットから取り出し、背後に投げつける。 顔面に食らった看守が悲鳴をあげて転び、将棋倒しになって何人かが倒れた。 ハタから見たら、そこそこ楽しそうな追っかけっこだが、やっている当人達はまさに命がけだ。 「8番障壁!突破されたぞ!」 「E班!そこで止めろ!」 「おいお前…!しっかりしろ!衛生兵…衛生兵ーっ!!」 「負傷者は下がるんだ!C班、右から回り込め!」 「まずい!6番障壁突破…!応援を呼べ!」 響き渡る、笛の音。 数々の妨害の手を掻い潜って、デューラは高らかに叫ぶ。 「てめぇら雑魚どもがこの俺様を止めよう何ざ…100年早ぇ!!」 …げに偉大なるは、『恋の力』と言えようか… その頃デューラの『目標』は、既に出口近くまでたどり着いていた。 (漸く、ここまで来た…) シルヴェスは感慨深げに溜息をつく。 その横でガイズも又、何を考えているのか静かに俯いていた。 「…さぁ、行きなさい。君はもう自由なんだから」 躊躇うように立ちすくんだ背中を、そっとシルヴェスは押してやる。 「はい…あの、本当に…ありがとうございました」 ぺこ、と頭を下げるガイズに、シルヴェスは目を細める。 そして癖のある髪をそっと…撫でてやった。 「…もう、ここに来るんじゃないぞ」 「…ええ」 柔らかく、ガイズは微笑む。それを見てシルヴェスは胸が痛くなるほどの喜びを感じた。 (良かった…。無事にこの子を、外へ帰してあげられて…) 目頭が、ジンと熱くなる。 (良かったな…これで君は自由になれるよ。………………ウチの『あの』主任から) 本当に、良かった…とシルヴェスはしみじみと頷く。 「それじゃあ俺、もう行きます。…皆に、よろしくと」 「ああ。良く伝えておくよ」 …主任にもね。一応。 心の中だけで付け足すとシルヴェスは、鍵を開けてドアを開いた。 自由への、解放の扉を。 ガイズの後姿が、ドアを潜る。 その時。 『彼』は現れた。 (ガイズ…!) 閉まろうとする扉。その狭間に一瞬だけ垣間見えた後姿。 こちらに気付かず歩み去る、後姿。 (間に合わなかった…か…!?) 扉は少しずつ閉ざされていく。デューラの目が見開かれた。 (いや!まだだ!) まだ勝負は終わっていない。デューラは全力で地面を蹴る。 「ガイズ…!」 諦めない。扉を潜って、アイツを攫って。そして。 …そして。 「シルヴェス!主任がそっちに!」 何故かワインや卵まみれになって追いかけてきた看守たちの先頭で、ジャーヴィーが叫ぶ。 目の前で、小麦粉で真っ白になった上司がドアに向かって駆け出していた。 (止められねぇ…!) 此処からでは間に合わない。止められるのは、ただ一人。 「シルヴェス…!」 ジャ−ヴィーの悲痛な叫びは、シルヴェスにまで届いた。 背後には、常なら想像できないような必死の形相で走ってくるデューラが見える。 「恨まないで下さい…主任」 聞こえるか聞こえないかの声でシルヴェスは謝罪した。 そして徐に屈みこむと――柱に括り付けたロープを引っ張り、ピンと張る。 …非常に地味なトラップだったが、それは前方の後姿しか見えていないデューラには覿面に効果があった。 「……なっ!?」 足元に全く注意を払っていなかったデューラの足首が、まともにシルヴェスの張ったロープにビシリと引っかかる。 と同時に傾いだ身体はそのまま重力に任せて一気に地面へ、びたーん、と叩き付けられた。 「今だ!!」 ロープを握ったシルヴェスが背後の同僚に叫ぶ。 その瞬間倒れ込んだデューラの上にドサドサドサ、とジャーヴィーを筆頭とした十数人の看守たちが飛び乗った。 流石のデューラもこれを払い除けることは出来ず、ぎゃっ、と悲鳴を上げて動きを止める。 その目の前で、出口の扉は無常にも閉ざされた。 「Game…Over…」 重々しく、シルヴェスが宣告する。 「いぃやったあぁぁぁっぁぁぁぁぁっ!!」 最後の任務の成功に、看守たちは一斉に歓声をあげた。 「あ…あぁ…」 喜ぶ看守たちの下敷きになったままで、デューラは震える手を閉ざされたドアへと伸ばす。 「…イズ…」 目に映るドアの輪郭がほんの少しぼやけ、デューラは拳を強く地面に叩き付けた。 「畜生…ガイズ…!…『俺の』…ガイズ―――――っ!!」 その頃、外では。 「…………っ!」 ガイズが漏れ聞こえた不吉な叫びに、ゾク、と鳥肌を立てていた。 「今…」 「…何か聞こえなかったか?ガイズ」 きょと、と首を傾げるルスカや両親に、ガイズはヒクリと頬を引き攣らせる。 「い、いや…何も?」 「そうか…?何だかお前の名前が呼ばれてたような…」 「嫌だな!そんなワケないだろう!?」 さあ行こう!早く行こう!と不自然なほどの性急さで、ガイズはぐいぐいと3人の背を押す。 その背中をいつまでも、デューラの悲痛な叫びが追いかけていた。 |
お題最後の最後なのに 嫌われまくりなウチの主任。 あのガイズ出所の名シーンの裏には、 シルヴェス、ジャーヴィーを始め名も知れぬ看守たちの奮闘があったのです。 …と、主張してみる。 戻 |
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