ベッドルームの太陽







「…『春眠暁を覚えず』とは言うけれど、なぁ…」
 愛しい少年の眠るベッドの横に立ち、エバは困ったように眉を下げた。


「ガイズ〜、もう朝だぞ?起きろよ」
 ゆさゆさ、とベッドの上のシーツの塊を揺さぶるが、何かのさなぎのように中に包まったガイズはううん…と声を上げるだけでまるで起きる気配がない。
「おい〜、今日は久し振りに弁当持って遠出しようって…言ってたよな?」
 折角休み取ったのに…もう昼になっちまうぞ〜?とゆさゆさするが、以下同文。
 頑固に惰眠を貪りつづけるガイズに、はぁ、とエバは溜息をついた。

 年甲斐も無いと分かっていても、それでも楽しみで仕方なかったのだ。
 ガイズと二人っきりの、久々の休日。
 忙しいスケジュールの合間をぬって設定したそれは、もう何週間も前に決められていたもので。
 コレが終わればガイズとの休日…!コレが終わればガイズと二人きり…!
 その思いでここ数週間仕事してきたエバにとって、まさに今日と言う日は取って置きのご褒美だったのだ。…子供っぽいと、言わば言え。

 …それなのに。嗚呼それなのに。当日になってみればこの体たらく。
「ガイズ〜」
 情けない思いで、エバは再びガイズの身体をゆさゆさした。
「…今日はお前が弁当作ってくれるって…約束しただろ?」
 昨日は二人で今日の為にたくさん買い物をしてきて。パンも具材も全て、台所に待機している。
 …後は、製作者たる少年の目覚めを待つばかり…の筈なのだが。
「う…ん…眠……」
 もそもそ、と少年は揺さぶられた事でずり落ちた毛布を引き寄せ、日の光から逃れるように再び無常にもシーツの中に潜り込んでしまった。
「………………」
 白いシーツの狭間に、黒い頭が見え隠れする。それを眺めながら、エバは昨日の買い物最中の会話を思い出してほろりと涙しそうになった。





(明日、どうする?ガイズ)
(明日…?)
 真剣な表情でリンゴの品定めをしていたガイズは、エバからの問いかけにきょと、と首を傾げた。
(おいおい…忘れたのか?明日は一日休みだって言っただろ?)
(あ)
 本当に忘れていたのだろう。一瞬呆気に取られたように此方を見上げたガイズの顔が、だが告げられた言葉にじわじわと笑み崩れる。
(贅沢に丸一日使えるぞ?何したい?)
(あのさ…俺一度どっか、遠出とかしてみたかったんだけど…いいか?)
(ああ。どこでもガイズの行きたいトコに連れてってやるよ)
(それなら俺、前ヴァルイーダが教えてくれた川原に行きたい!すっげぇキレイなトコなんだってさ!前にそこで描いたっていう絵を見せてもらって…それで…)
 興奮するガイズに苦笑しつつも、今まで仕事にかまけて自分はどれだけ彼に我慢をさせていたのかと、僅かに胸が痛む。
 それを押し殺すように微笑むと、はしゃぐガイズの頭をくしゃ、と撫でてやった。
(じゃ、明日は弁当もってお出かけといくか…)
(うん!じゃあ、さ…)
 焼きたてのパンを手にとってガイズが囁く。
(それじゃ、エバの好きなもの挟んだサンドイッチ、たくさん作ってやるからなv)
 何て買い物カゴ片手に耳元に囁かれて、店の中じゃなかったら――きっと、抱き締めていたに違いない。

(かーわいいこと言うねぇ…お前はっ!)
 代わりに一層ぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜると、ガイズはひゃあ、と妙な悲鳴を上げて笑いながら逃げ出した。




 普段、生意気言動の目立つガイズだからこそ余計に、あんな風な素直な発言をされると可愛くて仕方なくなる。
 …尤も、普段のガイズのその生意気さも何もかも全部ひっくるめて可愛いと思っているのも事実なのだけれど。
 例えば、顔を真っ赤にして怒っていても、拗ねて此方を睨みつけていても――こんな風にこちらの呼びかけを一切無視して、もにもに寝言を言いながらシーツを手繰り寄せていても、どんなガイズでも可愛いし愛しく思う。

「…でーもーなー…」
 言いながらエバはベッドの上のガイズを見下ろした。
 このままその眠りを見守ってやりたいのも事実。
 だけど、二人きりの休日デートと天秤にかければ――
 
「…ちょっと手荒かもしれんが…許せよ、ガイズ」
 小さく謝ると同時に、エバはベッドの上にかぶさっていた毛布を一気に引き剥いだ。

 ――否、引き剥いだ『筈』、だった。
 が、物事はそう簡単には運ばないようで…
「……ガイズ…お前なぁ…」
 持ち上げようとした毛布に、異常な重さと抵抗を覚えてエバは慌てて毛布を落とす。
 よーく見てみると…ガイズの両手がしっかりと毛布を掴みしめていた。
 成る程、毛布と同時にガイズまでくっついてきたから、あれほど重かったのか――と妙な感慨にふける。
「手を離せよガイズ〜、そんなに強く掴めるなら、いい加減もう起きられるだろ?」
「うぅん…」
 毛布から指を外させようとすると、煩わしげにガイズが手を払い除ける。
「じゃま…」
「『邪魔』って…!」
 余りと言えば余りの一言にエバが絶句している間に、ガイズは引き剥がされかけた毛布を再びもそもそと手繰り寄せて、またもや蓑虫のように包まってしまった。
「こら。いい加減におーきーろー」
 大人の余裕をちょっぴりかなぐり捨てて、ロールパン状になったガイズをずるずると引きずり出そうとするが、無意識の力とは以外に恐ろしいものらしい。…まるで、引き剥がせない。
 まさか大人の自分が本気の力で当たっても起こせないとは…エバはふぅ、と溜息をついた。
 ちら、と見遣った時計は、もうすぐ昼近くになろうとしている。
「仕方ないな…それでは最終手段はつどーう」
 楽しい悪さを考えた少年のような笑みを漏らし、エバはベッドで惰眠を貪るミノムシさんの上にのし、と圧し掛かった。



「んん…重い…っ」
 それこそサンドイッチ状態でむぎゅーっと下で潰される形になったガイズが、エバの胸の下でもごもごと藻掻く。
 流石に毛布の中にいては息苦しくなったのか、僅かにガイズが顔を毛布の外に出した。その頬にすかさずエバが軽く口吻ける。
「…………っ」
 途端ひくん、と下に組み敷いた体が震える気配がした。
「ん…や……」
 まどろみの中にありながらも無意識に逃げようとする身体を優しく押さえつけて、エバは何度もガイズの頬に、耳元に、現れた首筋に音を立ててキスをする。
「くすぐったい…て……エバぁ…」
「んー?そうか?」
 髭剃ってないからかなぁ?と暢気に言いつつも、エバはガイズへのキスを止めようとしない。
 親が子にするような触れるだけのキス。だが、されているガイズの方は次第に落ちつかなげに身を捩じらせ始めた。
 髪を梳かれ、指の背で頬を撫でられ、低い声で耳の中に囁きを送られ――未だ眠りの中にあるガイズの首筋にじわりと血が上ってきたのが、上に圧し掛かったエバには容易に確認できる。
「エバ…」
 うわ言のように名を呼び、うつぶせていたガイズがゆっくりと此方に顔を向けた。その頬に手を添え、ガイズの唇に己の唇を重ね合わせる。
 受け入れるようにガイズの唇が薄っすらと開かれた。腕が、エバの首に回される。そんなガイズの素直な反応に淡くエバは微笑むと――唐突に唇を離し、すいっと身を起こした。
「……ふえ?」
 置き去りにされた形のガイズが間抜けな声を上げた。心地よい戯れをいきなり中断されて、訝しげにゆっくりと目を開く。
「えば…?」
「それじゃあ、俺は顔洗ってくるわ。もーちょい寝てていいぞ?ガイズ」
「え…?」
 あっさりと告げて離れていくエバを、未だ睡魔と戦う瞼を必死に開いて縋るようにガイズは見詰める。
「えば…ぁ?」
「ん?どした?」
 にっこりと笑って振り返るエバに、悪意はまるで見られない。
「え…ば…」
「だから、どーしたよ、ガイズ?」
 切羽詰ったようなガイズの声にも、エバは笑うばかりだ。
 きゅうっとガイズは唇を噛み締めた。もう眠気なんてとっくに吹き飛んでいるのだろう。

(確かに、中々起きなかった俺が悪いかもだけど…!何もこんなやり方しなくったっていいじゃねぇか…!)

 そう言いたげに唇を尖らせて上目遣いで睨んでくるが、望むようにはしてやらない。
 とうとう根負けしたのは、ガイズの方だった。シーツの隙間から手を伸ばし、ベッドサイドに立つエバのシャツを摘んで引っ張る。
 恥ずかしさの余りシーツで顔を半分隠しながら。くぐもった声はそれでも確かにエバに届いた。




「…………つづき」

「…はいはい。仰せのままに」




 姫に仕える騎士の様に、優雅に一礼してエバはガイズに手を伸ばす。
 思惑に嵌ったのが悔しいのかガイズは一度ぺちんとエバの頬を叩き――それから、強く抱き締めた。























「…ところでさぁ、エバ」
 シーツの上にパン屑を落とさないように注意しながら、ガイズはもぐもぐとサンドイッチを口に運ぶ。
「何だ?」
 同様に皿の上のサンドイッチを摘みつつ、エバが振り返る。
「……このサンドイッチって、ホントなら川原で食べるはずじゃなかったっけ…」
「でもなぁ…今から行ったところで…」
 窓の外から差し込む日の光は、もう大分黄色くなろうとしていた。

「あーもー!折角休みだってのにー!なーんで結局一日ベッドの上なんだよ!」
 怒鳴りながらガイズが立ち上がった。その弾みで、纏っていたシーツがふわりと肌から滑り落ち、幾つも散らされた薄紅の跡を露にする。
「お。絶景、絶景」
「エバの馬鹿!」
 真っ赤になりながらシーツを抑えたガイズが、枕をエバの顔に叩きつける。
「…でも、それを言うならなぁ…起きなかったお前にも責任の一端は有りそうだし?」
「う……」
 枕を押し退けたエバにしれっとした顔で痛いところを突かれ、ガイズが俯いた。
「ごめん…」
「ま、お互い様だろ」
 蚊の鳴くような声で謝るガイズの額に、エバは軽く口吻ける。
「それに…」
 言いながら、ガイズの肩口で悪戯な指先がスル、とシーツを剥ぎ落とした。

「こういう休日も、悪くはないかと思ってなv」
「エバ!!」

 途端に上がる抗議の声を無視してガイズを再び押し倒すと、シーツに散った黒髪を愛しげに指に絡める。

 結局その日、日が沈むまで悩ましい喘ぎ声が止む事は無く――『次の休日こそは…絶対絶対!早起きしてやるーっ!!』とガイズが一人ココロに誓ったというが、それはまた別のお話。















END












『2月8日萌えをありがとうスペシャル』エバガイ編。

某サイトマスター様方のエバガイにヤられ。
『萌えをありがとうスペシャル』と称して一方的に捧げてみましたエバガイです。

嗚呼、それにしても
エバガイっていいなぁ…!
両想いっていいよなぁ…!としみじみ思いました(ちょっと泣き)
すれ違いの無いらぶ。ひたすら純粋に甘くて幸せな話。
可愛いガイズと、大人の余裕なエバ…!(この話では大人でも何でもないけど)
書いていて心から幸せ感じました。
『下を脱いで、足を開け!』なんて言う人が欠片ほども出ないからね!、精神的にも安心だね!

しかしエバは書くのが難しい。格好良すぎて難しい。
エバを書くには、エバ並みに恰好良い人にならないといけないんだな…って気がしました。
と言う事で今回『エバの恰好よさ』の表現は潔く放棄。捧げ物だってのにダメダメです。

ちなみに、タイトルの『太陽』は『北風と太陽』から。
エバガイでは鳥呼のガイズはちょっと甘えっ子。優しくされないと起きないの(末期)。











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