警告

・いつにも増して主任が壊れています。そして激しくイケてません。
・看守コンビがとてもとても可哀相です。


それでも大丈夫なようでしたら、どうぞ。






















チョコレート戦争・製作編







「クーッキーング、クーッキーング、クーッキーング〜♪」

 艶やかなテノールの歌声が、看守室の一室に備えられた調理スペースから聞こえてくる。

「あなたにっ届け〜恋の味〜♪」
 流れてくる歌声に、部下二人はほぼ同時にがくりと机に突っ伏した。
 流石は刑務所のジャイ○ンと呼ばれる男。歌声の破壊力も並みではないようだ。
 別に特別音痴なわけではないのだが――選曲が、余りにマズすぎる。
 新婚3ヶ月の、エプロン姿も初々しい若妻ならまだしも…
 …少なくとも、2X歳(独身)の男が料理しつつ、ごきげんで口ずさんでいい歌ではない。決して、無い。

(主任…その歌は駄目です…)
(『恋の味』か…絶対届いて欲しくないだろうなぁ…139番)

 乾いた微笑を互いに浮かべつつ、二人は外界からの雑音をシャットアウトしようと机の上の書類に眼を落とす。
 が、部屋に漂うカカオの甘い香りが、二人に現実からの逃避をを許さなかった。
 2月13日、夜。
 彼らの上司は、明日のバレンタインでーに備えて夕方から菓子作りに没頭しているのだ。
 …当然の如く、仕事もせずに。


「シルヴェス…俺帰っていいか…?」
 ジャーヴィーが物悲しげに呟く。
「ああ…この書類が終わったら、今日はもう先に帰っていいぞ、ジャーヴィー」
「いや…そうじゃなくて」
 ひた、と真剣な眼差しでジャーヴィーはシルヴェスを見詰めた。


「もう俺…実家に帰ってもいいか…?」
 見上げる赤茶の瞳が、まるで捨てられた仔犬のようにひたむきに哀願している。
「駄目」
 幾ら大事な相棒の頼みでも、それだけは聞けない。
 心を鬼にして、シルヴェスは仔犬の如き相方からの懇願をすっぱりと断ち切った。






「そもそもさ…こんな手間かけなくたって最初っから市販の菓子渡して、それで終わりにすりゃいいじゃねぇか…」
 どうせ貰ったって喰わねぇんだからさ、139番。
 相棒にあっさり断られたのが不満だったのか、ジャーヴィーは手元の書類に落書きしつつ、ぶつぶつと不平を漏らす。
「大体、チョコ刻んで溶かしてもう一回固める事に何の意味があるんだよ。そのまま渡しゃいいものを…」
「いや、一度溶かして形を好きな物に変えたり、中にナッツか何かを入れたりしてオリジナルの物を作る事も出来るんだ。主任が作ってるのも、恐らくソレだろうな」
「…詳しいんだな、シルヴェス…」
「ああ…母が料理や菓子作りが好きでな。だからだろ」
「そうなのか…」
 相棒の持っている意外な知識に素直に感心したジャーヴィーは、悪戯っぽい眼差しでシルヴェスを下から覗き込むと声を顰めて問い掛ける。
「…それじゃあさ…お前の目から見て、主任の『料理』の腕前、どう思う?」
 酷いだろ。壊滅的だろ?と小声で聞いてくるジャーヴィーに、シルヴェスは緩くかぶりを振った。
「お前は信じられないかも知れないが…」
 一度台所に目をやって、シルヴェスは口を開く。

「上手い」
「へ?」

 ジャーヴィーが、ぽかんと口を開けた。

「え…上手い…?って、えぇ!?」
「さっき心配で様子を見に行ったら…正直、驚いた。最初『菓子を作るからちょっと台所を借りるぞ』って言われたときは、絶対失敗して終わると思ったのに…」
 例えば、鍋の中から緑のゲル状の未確認生物を生み出してしまうとか。
 ド○フのコント宜しく、台所を爆発させて顔煤だらけの頭アフロになって出てくるとか。
 そして確実に後始末をさせられるであろう自分たちの不幸を思い、シルヴェスは内心溜息をついていたのだが――
 しかし彼らの主任は、料理に関してはどうやら部下達の予想外の実力をお持ちのようだった。

「ただ『チョコレートを溶かす』といっても、実は単純な作業じゃないんだ。直接火にかけたりしたら、チョコの油分が分離して、見映えも味も悪くなってしまう」
「じゃあ、どうすんだ?」
「直接火にかけず、50℃の湯を張ったボウルにつけて、湯煎でチョコレートの温度を40〜45℃まで上げて…次に氷を張ったボウルにつけて27〜28℃まで下げて…もう一度湯煎に2、3秒つけて温度を31〜32℃に上げて…」
「果てしなく面倒くせぇな、オイ…」
 想像しただけでげんなりしたのか、ジャーヴィーが眉を下げた。
「私もそう思う。だが、主任のチョコの出来は…」
 先ほど覗き見た、上司のチョコレート製作風景を思い出す。

 台所に立ち、看守服姿のままで木べら片手にいそいそと鍋の中身を掻き混ぜる主任。
 …ドアの隙間から時折垣間見たそれは、中々壮絶にシュールな光景だった。
 ちょっとくらりと貧血を起こしそうになる身体を必死に律して、シルヴェスは気になる鍋の中身を伺う。
 チョコレートに集中していた主任は、背後からシルヴェスが様子を見に来た事にも気付かないようだった。仕事中には(哀しい事に)決して見られない、恐ろしいまでの集中力だ。
 鍋を掻き混ぜていた木べらから、溶けたクーベルチュールチョコレートが細いリボンのように零れ落ちるのが見える。
 サテンのような色艶を備えたその出来は、シルヴェスの母が見ればきっと100点満点をつけただろう。まさに――

「――完璧、だった」
「…人間、無駄な特技ってあるもんなんだな…」
 呆れ顔と共に、ジャーヴィーは一蹴する。
「無駄って…そんな言い方はないだろう、ジャーヴィー」
「だってよ…あの主任が料理得意で、何か役に立つ事があるか?」
 それこそ、139番に贈る愛のチョコレイト(激しく迷惑)を作る以外に。
「…………一つも、無いな」
 確かに彼らの主任にとって、それは無駄もいいところの特技だ。…勿体無い。
「でも、それならこの後の後片付けには困らなくていいな♪」
「ああ」
 今夜は此処の後片付けで一夜を明かすことを覚悟していた二人は、ほっと胸を撫で下ろす。
 本当はこんな下らない心配をしなくてもいい人間を上司として持ちたいというのが本音だが、それは今更の事なので二人とも口にする事は無い。
「この分だと、日付が変る前には帰れそうだな――」
 シルヴェスが壁に掛けられた時計に目をやった瞬間だった。
 台所から聞こえていた主任の歌が、ぴたりと止まったのは。

「……………」
「……………」
 つられて、看守二人も口を閉ざした。
 不気味な沈黙が、部屋に落ちる。

「出来た……」
 溜息混じりの主任の声が、ドアの隙間から聞こえてきた。
(出来たってよ…)
(どんな物を作ったんだ…?あの人)
 別に声を顰める必要はないが、何となく雰囲気に押されて二人は小声で囁きあう。

 カタン、と何かを置く音がした。
「……………」
 二人は、同時に顔を見合わせた。

 次いで、カチャカチャ、と金属が触れ合う音が聞こえた。
「……………………」
 ジャーヴィーが、訝しげに眉を顰めた。

 ジーッとジッパーを下ろす音が聞こえた。
「……………………………」
 シルヴェスが、顔を蒼褪めさせて口元を抑えた。

 ピチャ、と何かを掬い上げる水音が響いた。
「…………………………………………」
 二人は、嫌な予感を覚えて同時に俯いた。

 そしてその数秒後。

「熱っちぃぃぃぃぃっ!!」
 上司の悲鳴が、聞こえた。
「………………………………!」
 部下二人は、肩を震わせて同時に机に拳を叩きつけた。

(あの、馬鹿上司……!)
(あの、アホ主任……!)

 一体何ロクでも無い事して下さりやがりましたかってんだ。

「シルヴェス…」
 赤毛の看守は何か大事な物が壊れてしまったような頼りげな眼差しで、相棒の名を呼ぶ。
「俺、やっぱ帰る…」
 ふら、とその体が出口に向かって歩き出した。
 自分より上背のあるその身体を、慌ててシルヴェスは背後から羽交い絞めにする。
「ジャーヴィー!!待て!」
「もうこんな職場イヤだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!俺、帰る、おウチ帰るぅぅっ!!」
「待ってくれ、ジャーヴィー!」
「母ちゃんの待ってるおウチに帰るぅぅっ!!止めないでくれ、シルヴェス!」

 二人の攻防戦のその裏で、キッチンの主任は
「…熱ちっ」
 とか、まだ言っていた(懲りてない)。

「主任も!『ソレ』作るのは絶対無理ですから、普通の、普通のチョコレートにしておきましょうよぉぉっ!!」
 未だ『帰るぅぅっ!』と泣き叫ぶジャーヴィーを押さえつけ、自分こそ半泣きになりながらシルヴェスは台所で飽くなき挑戦を繰り広げる馬鹿上司に叫んだ。







 その後、シルヴェス氏の賢明なるアドバイスと粘り強い説得により、主任のチョコレートは当初予定していた『チョコバナナ』改め、ごくノーマルなトリュフとなった。






「だからお前は、シルヴェスに思いっっきり感謝しなくちゃいけねぇんだぞ!」
「…?はぁ…」
 と赤毛の看守に言われても、あのチョコレートに関しての一切の裏事情を知らないガイズは、困ったように首を傾げるのみだった。


















END













ということで、実はあのチョコは主任のお手製でした。そんな裏事情。
主任が果てしなくアホですみません。
ちなみにチョコレートにはモデルがあって、
2/8日に某お方から頂きました立派な(笑)チョコレートを見ながら書きましたv
まだ大事に保存しているのですよ…ありがとうございました!!
そう言えば冒頭で主任が歌っている歌…ご存知ですよね?






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