冤罪が、証明された。 『俺は無実だ』と。『殺していない』のだと。 諦めず何時までも叫び続けていた少年は、今日出所するのだという。 最後の言の葉 「主任」 躊躇いがちなノックの音と共に、灰髪の部下が顔を出した。 「139番の出所手続き…終わりました」 「…そんなもん…わざわざ俺に報告に来るほどのことじゃねぇだろ」 椅子に踏ん反り返っていた上司は、不貞腐れた調子でぼそぼそと呟くとそっぽを向く。 頑ななデューラのその態度に、微かにシルヴェスは眉を顰めた。 「主任」 「煩い」 「主任…きっと、後悔しますよ?」 「煩い!一体俺に何をさせたいんだ、お前!」 ダン、とデューラは机を殴りつけ――次いで、激昂した自分を恥じるように唇を噛み締めた。 「『何をさせたい』って…じゃあ、一体『何がしたい』んですか?主任は」 「何、を…」 「…彼、まだ中に居ますよ。『ちょっと待ってて欲しい』って言ってきたんです――今頃、ジャーヴィーが足止めしている筈、ですから」 だから、と続けるシルヴェスに、デューラは顔を歪めた。 「今更…何をしろって言うんだ、お前らは…!もうアイツは無罪になった!こんな刑務所には二度と来ねぇ!それで、終わりだろう…」 「…そんあな風に諦めるのは、きっとまだ早いですよ…主任」 ギリギリと爪が刺さりそうなほどに握り締められたデューラの拳を、シルヴェスはそっと解いてやる。 「確かに100%どころか、120%言うだけ無駄そうですけど。万が一って事もありますし。もしかしたらこの瞬間、奇跡が起きる確立だってゼロに限りなく近いけれどゼロではありませんし。棚から牡丹餅とか、瓢箪から駒とか、蓼食う虫も好きずきとか言いますし…!」 「…つまり、お前にとって俺は蓼か。蓼なのか」 ギリギリと首を締め上げるデューラの手を、慌ててシルヴェスは外させる。 「まあ…それは兎も角!」 「…誤魔化したな」 「当たって砕けろとか言いますし!砕けたところでそれもまた人生ですよね!可能性がゼロでないなら、駄目で元々、やってみたらどうですか、主任!」 「…好き勝手抜かしやがって…!」 部下に散々好き勝手言われ、だが諦めに浸っていたデューラの心にふつふつと闘争心が沸き立ち始める。 「…そんなに言うなら、行ってやろうじゃねぇか…!何がゼロに近い確率だ…!断られる確立こそ、ゼロに近いだろうが!」 「…まあ、思うだけは自由ですしね」 「シルヴェス…?」 「はいはい、早く行きましょう、主任!早くしないと彼、外に出てしまいますよ!」 ぱんぱんと手を叩いて、シルヴェスはいきりたつ上司をけしかける。 その口元には、困った子供を見ているような笑みが滲んでいた。 探し人はシルヴェスの言葉通り、確かに『足止め』されていた。薄暗い廊下の一角で、ジャーヴィーが必死に話を繋げてガイズを引きとめようとしている。 「…ジャーヴィー、待たせたな」 「あ。シルヴェス…と、主任…」 漸く現れた相棒と上司に、ジャーヴィーは目に見えてほっとした顔をした。 そんな相棒に視線だけで合図を送り、シルヴェスはそっとデューラとガイズから離れる。次いで、ジャーヴィーもその後を追った。 「え…?あの、シルヴェス…さん?」 何故か離れていく二人に(そして、自分の目の前で妙に必死の形相で立っている看守主任に)、ガイズは不安げな声を上げる。 思わず二人の後を追おうとしたガイズの腕を、デューラは掴みとめた。 「…待て」 「…はい。何です…か…?」 これ以上ないほどに緊張している。酷く喉が渇いていて、デューラはごくりと唾を呑んだ。 「お前に、言いたいことがある…」 「俺に…?何を…?」 「『何を』…って」 問い返されて、はた、とデューラは困った。 今までこれほど他人を想った事もなく。当然、告白なんて恥ずかしい事も初めてで。 (…な…何を言えばいいんだ…) 今更ながら、何を言えばいいのか全く決めていなかった自分に、気付いた。 (『お前…俺のものになれよ…』とか?駄目だ、カブってる…!) ぶんぶんとデューラは首を振る。 (じゃあストレートに…『お前が、好きだ』か…!?駄目だ、コレもあいつとカブってんじゃねぇか…!) 歯軋りしてデューラは、憎らしい銀髪の不良少年に悪態をついた。 うっかり口調がカブっていると、こういう悲劇は時たま起きる。 (なら…『行け、陽の当たる場所を歩くお前の姿を、いつも思っている』とかか…?って、このまま行かせてどうすんだよ!そもそも告白になってねぇし!) 思いを伝えるというのは、此処まで難しいものだったのか。今までボディーランゲージ(…)ばかりを多用してきた男は、自らの言語能力の無さに愕然とする。 彼に対する感情はも言いたいことも、山のようにあって。それを一言で纏めようとすると、頭の中が混乱してとてもではないが収拾がつかない。 (そもそも…これだけの内容を『一言』で格好良く言い表そうってのが…間違ってんだ!) 出来れば、(ガイズの周りの囚人達のように)簡潔かつインパクトのある告白で、彼の心を掴みたかったが――この際、仕方が無い。 デューラは心臓の鼓動を落ち着かせようと、息を大きく吸った。 (最初に会った日のことを…覚えているか?俺は一日たりとも忘れたことは無い。天使が俺の前に舞い降りた日のことをな…!細い首筋に折れそうに華奢な手足。前髪の狭間から垣間見えるその強い意思にきらめいた眼差しに、俺の心は一目で奪われちまったんだ…。最初は自分の気持ちが分からずに、苛立って散々痛めつけた事もあった。だが俺は何時しかお前の全てを傷つけるのではなく、守りたいと思うようになったんだ。荒んでいた俺の心にそんな革命をもたらしたお前を俺は(中略)そして俺はお前と郊外の一軒家で幸せな家庭を築き、子供は男と女が一人ずつに、大きな犬が一匹。そんな家庭で病める時も健やかなる時も変わらずお前を…って長ぇよ!) 「あのー…」 ガンガン、と一人廊下の壁に頭を打ち付けているデューラに、ガイズは恐々声をかけた。 「なんだ!」 「あの…俺…もう行ってもいいですか…?」 そろそろガイズとしても限界だったのだろう。…むしろここまで立ち止まっていてくれたことの方が驚きかもしれないが。 「待……!」 遠ざかろうとする後姿に、慌ててデューラは駆け寄り、その手首を掴み締めた。乱暴に捕まれた手首が痛むのか、ガイズが眉を吊り上げて振り返る。 「……!何なんだよ、一体…!」 「だから…俺は…!」 「『俺…は』…?」 「…………!」 (人がここまで必死になってんだから、気付けよ!この鈍感ガキ!) …と他力本願なことを思いつつ。心の中でひたすらガイズを罵るがどうしようもない。 「だから俺は…!お前と…!」 「俺、と…?」 ガイズが、きょとんと首を傾げた。デューラの心臓が飛び出しそうに激しく脈打っている。顔が、燃えるように熱い。 (何を言えば…!何を言えばいい…!?) 気の利いた台詞なんて、こんな状態じゃとてもじゃないが思いつけない。 意を決して、デューラはぎゅっと目を瞑った。 「俺は…お前と……」 口を、開く。 「ぶっちゃけ、ヤリ足りねぇんだ!!」 …足りねぇんだー… …ねぇんだー… …んだー… …だー…(エコー) ぱたぱたと走り去る足音が消え、重苦しい沈黙が廊下を満たしていた。 「…逃げられた…」 床に倒れ伏し、ぽたぽたとデューラは涙を流す。 「…そら逃げますよ、主任」 「…アホですか、あんたわ」 END |
多分告白シーンでは、これ以上ないほど『言っちゃいけない台詞』を吐いてしまいそうな主任。 他にも沢山沢山好きだとか大事にしたいとか言いたいことがあって、 それを口にしていたらもしかしたら…と言うこともあったかも知れないのに。 『何で寄りによってその台詞選んじゃったの、アンタ…』と突っ込みたくなるのがウチの主任。 …あ、BGMはジャンヌダルクのCurseでお願いします。 あれも、鳥呼の中では結構な主任ソングです。 |
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