こわいゆめを みた











「レーラァ……」

 そろそろ休もうかと手にしていた書物をサイドテーブルに置き、ベッド脇のランプに手を伸ばしたJrは遠慮がちなノックと次いで聞こえてきた子供の声にぴたりと動きを止めた。

「ジェイド…?まだ、寝てなかったのか?」
 どうしたんだ、と声をかけてやると、扉がキイと開き金色の小さな頭がおずおずと覗く。

「…こっちに来い。いつまでもそんなところに突っ立っていたら、冷えるだろう」

 ぶっきら棒な言葉に、だが弟子はぱっと表情を輝かせて部屋の中へ入ると、おずおずとJrの座るベッドの傍まで近づいてきた。
 その両腕にしっかりと抱えられた枕に、Jrは眉を上げる。

「…眠れないのか?」
「ごめんなさい、レーラァ。俺」
「………何だ?」
「俺……」

 言おうか言うまいか、逡巡した後ジェイドは思い切ったように口を開いた。


「こわいゆめ みて」


 それで、という言葉の先は紡がれること無く、ジェイドは唇を噛み締める。
 俯いた首が、常のそれよりもさらに稚く見えてJrは目を眇めた。

「ジェイド」
「ごめんなさい…やっぱり部屋、戻ります。だから」
「ジェイド」

 叱責されるかときゅっと首を竦めたジェイドの髪に、Jrはふわりと大きな手を乗せてやる。
 そのまま一、二度撫でてやると潤んだ双の翠緑がこちらを見上げてきた。

「…どんな夢だ?」
「あ……」

 悪夢の残滓が、まだその小さな身体に残っているのだろうか。
 幾度か瞬きをしたのち、ジェイドはゆるゆると口を開く。

「…レーラァが…どこかにいっちゃう夢、です」
「……………」

 虚を、突かれた。

 てっきり恐ろしい化け物にでも追いかけられたとか、そういう夢だと――思っていたのに。


「夢の中で気が付いたら俺、一人で。すっごく遠くにレーラァの後姿が見えて。必死で追いかけるのに。それなのに足がちっとも動いてくれなくて。そうしているうちにレーラァの背中がどんどん小さくなっていって。レーラァ、って呼ぼうとしても声も全然出なくてそれで……」

 ひく、としゃくりあげそうになる身体を、抱きしめた。
 孤独という化け物に怯える子供に、少しでも温もりが伝わるように。

 一人では無いと。

 ここに 居ると。


「馬鹿が。こんな未熟な弟子一人置いて、俺が一体何処に行くっていうんだ」
 ただの夢だ、ほらもう泣くな。と囁くと震える薄い背中をポンポン、と叩いてやる。

「レーラァ…お願いです。行かないで。どこにも」
「行かないと言っているだろう、全く…」

 苦笑しながら、必死に袖に縋りつく小さな指を外させようと手をかける。が、存外驚くほどの強い力で袖口を掴まれ、Jrはその手を外すことが出来なかった。

「ジェイド。手を」

 嗜めようとしたJrを遮るように、ジェイドは上目遣いでJrを見上げて口を開く。








「…ねぇ、レーラァ…一緒に寝ても、いいですか…?」














****************







 こわいゆめを みた











「レーラァ……」

 弟子がドア越しに声を掛てきたのは、もう日付が変わって既に2時間が経過しようと言う頃、だった。身体に掛かっていた毛布をどかし、軍帽を手元に引き寄せながらJrは上体を起こす。


「ジェイド…まだ起きていたのか」
 入っていい、という許可を出す前に、扉が開いた。その隙間から随分と大きくなった手が。逞しく筋肉の付いた腕が、肩が。そして追いかけるように少年の域を脱しつつある精悍な顔が、現れる。

 そのままジェイドは、黙ってJrが横になっているベッドの傍まで近づいて来た。
 トレードマークのヘルメットは無いのに、長い前髪に隠されている所為かその表情は測れない。だが覆いかぶさった前髪越しでも痛いほどの視線を感じ、Jrは毛布の上に投げ出した拳をそっと握り締めた。

「…眠れない、のか」
「…ええ。…お休み中に、すみません。レーラァ」
「………何が あった」
「…………」

 ふわり、と微笑んでジェイドは口を開いた。




「こわいゆめ みて」


「――――――」




 それで、という言葉の先は紡がれること無はない。代わりにジェイドはJrのベッドに片膝を乗せ、右手をシーツの上についた。二人分の体重を受けたベッドがギシ、と軋む。
 そのまま当然のように背に回された左腕に、耳元に寄せられたジェイドの唇に。Jrは唇を噛み目を閉じる。

「…どんな、夢だ?」

 緩やかに耳元を辿る濡れた舌に、声が震えないようにするだけで精一杯だった。
 唾液に濡れた耳殻を幾度も甘噛みしながら、ジェイドは徐に口を開く。

「…レーラァがね…どこにも行けなくなる夢、です」
「何処にも…?どうして、そんな風になったんだ…?俺は」

 掌に爪を立て、漏れそうにある喘ぎを押し殺しながらJrは必死に言葉を綴る。
 ジェイドは微かに震える頤に唇を滑らせながらやんわりと笑った。









「夢の中のレーラァ…足が無かったんですよ。腕も。両方」









 戦慄が、背筋を這い登った。









「…それは…怖かったろうな……」
「ええ。…すごく こわかった」
 
 くすりと笑ってジェイドはJrを抱きしめた。言葉とは裏腹に、酷く幸せそうに。

「……ジェイド」
「はい」
「何故だ?お前の夢で。俺の手足が無かったのは――何故だ?」
「え……?ああ」

 親が子にするように優しく、ジェイドはJrの頬を両手で包み込む。














「俺が 切り落としちゃったからです」















 柔らかな声。それは、睦言を囁くように。
 Jrの身体を。両の腕を。両の足を這い回る手。それは、夢の残滓をなぞるように。

 引き攣れた喘ぎが漏れる。抵抗は効を成さない。両手首を纏めて掴み締められる。骨が軋むほどの力。外すことが出来ない。

「ジェイド。手を」

 離せ、と。振りほどこうとしたJrを遮るように、ジェイドは上目遣いでJrを見上げて口を開く。





「…だから。ねぇ、レーラァ…」

























 一緒に寝ても いいですか?





















 こわいゆめを、みた















END



















お前が怖ぇよ。と叫びたい。力の限り。






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