アルコオルとプライド 飲め飲め、と周りから囃し立てられて、俺はがっくりと項垂れながら手元のグラスに目を落とした。 始まりは、何処かの誰かが裏に手を回してこっそり手に入れた一本の酒。 別に酒が嫌いな訳じゃない。それが普通の酒なら、俺だって喜んでご相伴にあずかるところだ。 そう、それが『普通の酒』なら。 「……………」 試しに軽くグラスに鼻を近づけて見る。途端、肺を満たした濃厚なアルコールの匂いに咽そうになった。 俺が飲んだ事のある酒だって、(ウチにあったくらいのものだし)別にいい酒でも何でもなかったけれど。それでも今、このグラスに入ってるヤツほど酷くは無い。 流石刑務所にまで回ってきた酒。手っ取り早く酔えるのだけが長所の、粗悪品もいいところだ。…成分の殆どがアルコール(しかも工業用かなんか)なんじゃないだろうか。 「あのさぁ…コレ結構匂いキツイし、幾らなんでも看守にバレるんじゃねぇの?」 おずおずと意見する俺を、即座に隣の男がまぜっかえした。 「まーたまたそんな事言って、ホントは酒飲めないんだろ〜ガイズ」 「別に無理しなくたっていいんだぜ?オコサマに無理して飲ませるのも…なぁ?」 馴れ馴れしく肩を叩いてくる男を睨みつける。だが回りの囚人達はからかうようにただ笑うばかりだった。 (参ったなぁ…) 割と小さなグラスではあるが、何せこのアルコール度数。下手をすれば飲んだ途端に卒倒してしまうだろう。 その後、コイツ等に何をされるか想像するだけで顔面から血の気が引いた。 別に意識を失ったところで、このメンツだったら一部の奴らみたいに『厭らしい事』を仕掛けてくる事も無いだろうが――場合によってはそれと張るくらいの妙な悪戯をされる可能性が高い。というか、絶対される。 (ガイズ…あの酒には気をつけろよ…) 前にこの酒(及び、その後の悪戯)の被害にあった男は俺の両肩をしっかりと掴み忠告した。 (出来るなら飲むな。それが出来ない状況だったら、口に入れるだけ入れて、どっかで吐け。間違っても奴らには潰されるなよ…酷い目に、遭わされるからな…) ちなみに、彼がどんな酷い目に遭わされたかと言うと。 気を失っている間にペンで口の両端から顎に向かって垂直に線を引かれ、あたかもサンダー○ード若しくは交通安全人形ま○る君のようにされてしまったのだ。 …ちなみにインクは、3日間落ちなかった。 (今潰されたら…俺もきっと同じ目に遭わされる…!そして瞼に目を書かれるとか…額に『肉』って書かれるとか…!) 不吉な予感にゾク、と身震いする。 だけど、もし此処で飲まなかったら、これから先ずっと周りから『弱虫』若しくは『オコサマ』呼ばわりされるだろう。そんなのは、とてもじゃないが耐えられない。 (よ、要は…コイツを飲んで、尚且つ潰されなきゃいいんだろ…!よし!) 「あー、飲むよ!飲んでやるからな!」 ヤケになったように叫ぶと、俺はグラスを勢い良く持ち上げた。だが鼻を突くキツイアルコールの匂いに、一瞬怯んでしまう。 その時。 「お。お前いいモン飲んでんなぁ」 「!?」 暢気な口調と共にごつい男の手によって、俺の手の中にあったグラスがひょい、と奪われた。 慌てて振り返ると、俺の真後ろにしゃがみこんだ男が、ご機嫌でグラスの中身をクイっと一息に空けている。 「え、エバぁ!?」 「あー…美味いなぁ…久し振りの、酒だ」 驚く俺と周りの囚人に構わず、エバはグラスを地面においてしみじみと頷いている。 「お、お前、勝手に…」 「あ、何だ。そっちにもまだあるんじゃねぇか」 あの強い酒を一息に飲み干したのにそれでも平然としているエバは、俺たちの困惑を無視して今度は未だ8割以上中身の残っている酒瓶の方に悠々と手を伸ばす。 そして止める間もなく直接瓶に口をつけると、その中身まで――ごくごくと飲み干してしまった。 「ちょ、エバ!?大丈夫なのかよ!?」 「はぁ、美味かったv おー、ガイズ、悪いな。ついつい全部飲んじまったよ」 「そ…そんなことより…さ…」 「おい、エバ…お前、大丈夫なのか…?」 グラス一杯+瓶の中身=ほぼ、酒瓶一本分の酒が、コイツの体内に収まった計算になる。 俺も周りの奴らも、今のエバの飲みっぷりに恐れをなしたように腰が引けてしまっていた。 そんな様子に気付きもしていないのか、エバは空っぽの酒瓶をころ、と転がすと『なにがー?』と首を傾げる。 ぶっ倒れる様子も無いどころか――至って、自然体。 「ば…化け物…」 引き攣った表情で一人が呟いた。それを切っ掛けに、人の輪が、エバから離れようとじわじわ崩れていく。 「信じられねぇ…こいつは『ザル』か…」 「っつーか、『ワク』だろ…ザルの網の目すら、コイツにはねぇよ…」 「すげぇ…『鉄の肝臓』だ…」 「英語で言うなら、『アイアンレバー』だ…」 よく分からない会話を交わしつつ、じりじりと離れていく男たちに、エバがとどめのようにぽそ、と呟く。 「でもちっと飲み足りねぇなぁ… そしてペロ、と唇を舐めると、餌を催促する獣のような危険な目線で周囲を一瞥する。 「もう…他のは、ねぇの?」 その瞬間男たちは『いやー!怖いー!おウチ帰るー!』という叫びと共にそれぞれの独房へと逃げ帰っていった。 そして。 「…礼は、言わないからな」 助けられたことが決まり悪くて、俺は頬を膨らませつつそっぽを向いた。 「んー?礼?何の事だか良く分からねぇけど…悪かったな、お前の酒まで飲んじまって」 そんな俺の態度に怒りもしないで、エバは笑う。 どうやら、俺を助けようとしたんじゃなくて、あくまで自分は『単に酒が飲みたかっただけだ』と言い張るつもりらしい。 そんなエバの優しさに余計、プライドばかりが高い自分の嫌なところが思い知らされて――自己嫌悪に沈み込んだ俺は、『ありがとう』も『ごめん』も素直に言う事が出来なかった。 もやもやしたものが腹に溜まって、さっさと俺も独房に引き返そうとエバに背を向ける。 「…瓶とか、エバが片付けろよ。飲んだの、エバなんだから」 捨て台詞のような嫌味な俺の言葉に、背後からの返答は無い。…流石に、呆れられたんだろうか。 心配になってちら、と後ろを伺おうとした時、唐突にエバが背後から俺を抱きすくめた。 「……っ!エバ!」 思ったより柔らかい髪が頬をさらりと撫でる。酒臭い息が首筋に掛かるけれど、困った事にそれは全く不快なものじゃなかった。 がっちりとした腕が俺の身体を捕える。これだけくっついていれば鼓動が常より早いのだって、きっとエバには丸分かりだろう。 「エバ…離し…」 イヤじゃない、イヤじゃないけれど、ただ只管恥ずかしい。 懇願するように背後を振り返った俺の耳に、エバの呟きが届いた。 「きもち…わる…い…」 「………………………………………エバ……」 「吐く」 「わー!!ちょっと待て!待てぇぇっ!!」 …幸いと言うか何と言うか。とりあえず、吐かれるのだけは免れた。 だがさっきまでの余裕っぷりがウソのように床にぐたーん、と横たわったエバは、『う〜〜う〜〜』と唸りつづけている。 「バッカ…何であんなに…」 飲んだりしたんだよ、と続けようとしてその言葉を飲み込んだ。 俺の、所為だ。 俺が酒を飲まなくて済むように、エバは全部自分で飲み干したんだ。瓶の分まで、全部。 「バーカ。…ばーか…」 唸りつづけるエバの頬を指先で突付く。別に酔い潰されたって、俺は犯されるわけでもましてや殺されるわけでもないのに。ただちょっと、悪戯されるだけで終わる筈なのに。 それなのに、必死になって。こんなに苦しい思いして。 「ばか。…強がりやがって」 だけどエバの強がりは、プライドに固執した俺の虚勢とは違う。本当の強さと、そして優しさに起因した『強がり』だ。 それが俺には――酷く、羨ましい。 俯いた俺の頬を、不意にエバが手をのばしてうに、と摘んだ。 はっと顔をあげれば、まだ額に汗を浮かべて。それでもいつものあの悪戯っぽい目でエバが此方を見上げている。 「『強がり』なんて…いくらだってするさ」 「どうして…」 「覚えておけよ、少年。男ってもんはなぁ…すべからく『好きなヤツの前では格好つけたい』もんなんだよ」 そう言ってニヤリと笑うと、エバは今度こそ睡魔に飲み込まれて瞳を閉じた。 後には――赤面する俺だけが、残されて。 「…な、何がだよ…ぜーんぜん『格好良く』なんて無いじゃん…」 結局酔いつぶれて。人に寄りかかって、吐くとか騒いで。床に寝転がって。酒臭い寝息と共に、お休み中。 格好よさからは程遠い姿なのに。なのに。 (でも、…き、なんだよなぁ…) 思わず自分に、呆れてしまう。 (…もしかしてエバの前で素直になれないのって…プライドって言うより、エバに格好悪い所見せたくないから…?) 格好つけようとして、余計に無様な事になってしまう。それって、今のエバと同じじゃないか。 うーん、と顎に手を当てた俺は、その時ある事を思いついて眠るエバの傍らに膝をついた。 お前の前じゃ、格好つけたいから絶対に言えないけれど。 今なら言ってもいいよな?だってお前、こんなによく寝てるし。 今なら『普段格好悪くて絶対言えないような事』、言っちまってもいいよな? 「ばか」 「…ばーか」 起きない事を確認して、耳元に囁く。 「ごめん」 「ありがとな」 「…大好き、だ」 END |
初めて書きましたエバガイSSです。 そして主任が欠片も出ない話を初めて書きました(笑) …いや、もしかしたら廊下の角辺りにこっそり隠れてるかもしれませんが(怖) それにしても、お粗末なもので申し訳無い限り… エバはこういう押し付けがましくない親切をしそうな気がする…と勝手にイメージしてます。 |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||