欲しい物は、何?












『サトリ』











 毎年7月18日が近くなると、看守連に妙な緊張感が走る。
 俺の、誕生日が近いからだ。

 俺が気に入らないものをプレゼントなどといって寄越した奴は、例年容赦ない警棒の餌食になったし。
 勿論物を寄越さないような不心得物には、それ以上の仕置きを与えてきたから。

 18日が近づくにつれて張り詰めてゆく刑務所内の緊張感は只事ではなく、俺は一人愉快になる。



 そして今年の7月18日。

 まだ俺の満足する物を寄越した奴は、現れない。


















「毎年毎年…文句ばっか言ってますけどねぇ、主任!一体何なら気に入るって言うんですか!」

 殴られた頭を押さえつけて、赤毛の部下が唇を尖らせる。
 少し前までは俺の警棒を喰らうのを恐れて縮こまっていたのに、言い返すようになるなんて。
 生意気になりやがって…と思うのと同時に、他人の子の成長を垣間見たような妙な感慨が頭を過ぎる。

「…少なくとも、大根で無いことだけは確かだな」
「お、俺の母ちゃんの大根を〜」
 本気で悔しいらしく歯噛みするジャーヴィー。その傍らに転がる、妙に立派な大根。
 それを拾い上げて、俺は小さく笑う。
「少しはシルヴェスを見習え。奴はお前よりはよっぽどマシなものを持ってくるぞ?」
「それでも…!今年はシルヴェスの贈ったワインにだって主任、いい顔しなかったじゃないですか!『この銘柄のものは好かん…』とか言って!」
 あいつ一生懸命考えてたのに…!と悔しげにジャーヴィーは唇を噛み締める。相変わらず仲のいいことだ。

「主任って毎年、人の贈ったものにあーだこーだ文句言いますけど…今年はとくに酷いですよね!OK出た奴の話、ひとっつも聞かないし!ホントは主任…嬉しい物とか貰っても、わざと全部気に入らないフリしてるんじゃないですか!?」
「まさか」
 笑って俺は、大仰に両手を上げた。
「幾ら俺でもそんな非道な真似はせん。ちゃんと俺の欲しい物を持ってきたのなら、そいつには素直に礼の一つでも言ってやるさ」
「じゃあ、ちゃんと主任にも欲しい物ってあるんじゃないですか!それを贈って欲しいなら、ヒントも無しでただ『探せ』じゃなくって、ちゃんと何が欲しいのか前もって言って下さいよ!」
 ヒントも無しじゃ分かりませんってーっ!とジャーヴィーは暴れる。

「ねぇ主任、主任が欲しい物を教えてくれたら――そりゃ、あんまり無茶言われたら別ですけど――俺たちで協力して、何とかしようって気にもなるんですよ?ねえ、主任――」




 主任ノ欲シイ物ッテ、一体何ナンデスカ?

















「欲しい物…か」
 煙草を燻らせつつ、俺は廊下を歩く。
 頭の中を満たすのは、さっきのジャーヴィーの問いかけだった。

 欲しい物…は、ある。それは、はっきりと断言出来る。
 だが具体的に『それが何なのか』と聞かれた瞬間、はたと言葉に詰まってしまった。

 自分は、一体何が欲しいのだろう。

 物心ついてから、何かに不自由した覚えが無い。金もあり、そこそこの家柄で――成長してからは母親譲りの顔の故に、女に不自由したことも無く。

 それでもぼんやりとした飢餓感だけは、いつも感じていた。

 そこそこ欲しい物なら手に入る。与えられる。でも、本当に欲しい物は手に入らないままだ。
 自分は確かに何かを欲しがっている。ずっと。だが、自分でもそれが何なのかが分からない。だから探しようが無い。手に入れようが無い。

 それでも例年は、まだ我慢できていた。
 だが今年はダメだ。例の飢餓感が何故か激しく心身を苛んで、代替物ではとても宥められそうも無い。



 ――欲しい物は、何?

 情けない話だが、聞きたいのは此方の方だ。


 
――欲しい物は、何?

 分からない。だけど、それは確かにはっきりと存在する。
 部下達に差し出されたプレゼント。そのどれでもない事は、はっきりと分かるのだから。



 誰か――誰でも言いから。そう、いっそ『サトリ』のように。
 俺にも分からない『俺の求める物』を、暴き出してはくれないだろうか?














 つらつらとした物思いから覚め、ふと顔を上げる。
 すると目の前を暢気に歩いている、後姿を見つけた。

 こちらの不穏な視線にも気付かない無防備さに、ついつい悪戯心が刺激される。
 足音を忍ばせて近づき、すいっと首に腕を回すと――予想通り少年の喉からひっと引き攣れた悲鳴が漏れた。

「デュ、デューラ…」

 不意打ちを食らわされた所為だろう。つい看守を呼び捨てで呼んでしまっているのにも気付いていない。
 だがその程度のことに目くじらをたてるよりも――もっと面白い悪戯を、仕掛けたかった。

「お前…今日が俺の誕生日だと知っているか…?」
「い…いえ」
「ふん、そうか。だが、今こうして知ったのだから同じことだろう。――普段あれだけ世話になっている俺に、何も無し――というわけではないよな?よもや」
「…………」

 甚振るように問いかけると、ガイズが困ったように眉根を寄せる。

「ということで、だ。何か贈る物があるだろう?あるなら、出してみろ」
 ほら、と半ば恐喝まがいの台詞を吐きつつ、困惑するガイズの顔を楽しげに眺めた。
 苦し紛れに何か差し出したのを、思い切り嘲り笑い飛ばしてやるもの良い。何も差し出せないこの少年を私室に連れ込み、一方的に”搾取”するのもまた一興。

「…俺とあれだけ『共に時間を過ごし』ているんだ。俺の欲しいものくらい、簡単に察しがついているよなぁ?」
 目を細めて相手を観察する俺の目の前で、ふとガイズは意を決したように顔を上げた。

「――どうした。決まったか?」

 唇を歪めた矢先、ふっと両肩に重みがかかった。引き寄せられて自然、腰を僅かに屈める格好になる。









 そして唇に ほんの一瞬 触れたものは。









「…何だよ」


 唇を離し、ガイズが囁く。


「――こうしたかったんじゃ、無かったのか?」








 気付けば。





身の内の飢餓感は消え。代わりに俺の中を満たすのは。











 駆け去る後姿を見送って、ずるずると壁に背をつけ、座り込んだ。
 情けなくも、腰が抜けたように力が入らない。









 ――ねぇ、欲しい物は、何?









「…如何して…分かったんだ…」










『サトリ』













END














…答えは、アレでしょう。
バ レ バ レ だ っ た  と。

ということでお誕生日おめでとう、主任〜
あ、念のため言っておくと、
主任が欲しかったものは『ガイズからのキス』ではないのですよ。厳密には。







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