タイムリミット










「はぁ…嫌だなぁ…」
 今日も、就寝前の自由時間に、呼び出された。
 誰に?決まっているだろう。あの鬼畜変態サディストと三拍子揃った看守主任にだ!

「やーだーなー…」
 行きたくないから出来るだけのろのろと足を運ぶ俺の背中に、その時聞きなれた声がかかった。
「ガイズ?どうしたんですか?何だか元気がないですよ?」
「ヴァルイーダ…」
 振り返れば銀髪の麗人が、俺を心配そうに見詰めている。その視線の優しさに、涙が出そうになった。
「ヴァルイーダぁ…」
「ガイズ…?」
 自然縋るような声を出してしまった俺は、だけど訝しげなヴァルイーダの声に、唇を噛む。
「ごめん…何でも無い」
 言いたくなかった。これから、デューラのところに行かなくちゃならない、なんて。
 ヴァルイーダだけには、極力知られたくなかった。
 だって俺はヴァルイーダが好きで。ヴァルイーダも――俺のこと、好きだって、言ってくれたから。だから。
 今からデューラのところに行くんだって言ったら、ヴァルイーダだってきっと嫌な思いをする。
 どうせ後になれば俺の体の様子で簡単に気付かれてしまうだろうって分かっててもそれでも――俺は、言いたくなかった。

「悪い、ヴァルイーダ。何でも無いから…さ」
「…デューラ、ですか?」
 図星を突かれて、身体がぴくん、と跳ねてしまう。
 やっぱり鋭いヴァルイーダに、俺が隠し事をするなんて、無理だったみたいだ。
 でも、と俺は恨みがましくちょっと思う。

(それだけ鋭いなら、お前にバレるのが嫌だっていう俺の気持ちも…少しは察してくれればいいのに)

「そーだよ」
 もう隠しても無駄だから、俺は不貞腐れたような声で返した。
 でも、不機嫌な顔を作ろうとしているのに――ヴァルイーダの真っ直ぐな目を見ていたら、涙が出てきそうになった。

 あんなことするのは、ヴァルイーダだけがいいのに。
 ヴァルイーダとじゃなきゃ、嫌なのに。

 それでも今、この刑務所の中において、俺はアイツの命令に逆らえない。
 こんなに好きな相手が居るのに――アイツの命令一つで、身体を開かなくちゃならない。
 ヴァルイーダが余計に心配してしまうから、だから泣くなって身体に言い聞かせても、アイツにいいようにされる弱い自分が情けなくて、視界がどんどん潤んできた。
「泣かないで…ガイズ」
 言葉と共に、ヴァルイーダが俺の頬にキスをする。
 そのまま涙を吸い上げられて。でもその優しい感触が、今の俺には余計に辛かった。

「すみません…私に、今の私に貴方を守れるくらいの力があれば…」
 苦しげな言葉。それに俺は頑張って笑みを返した。
「大丈夫、だよ」
 そうだ。俺だけじゃない。ヴァルイーダだって、苦しいんだ。
 優しい人だから、俺を守れなくって、苦しんでるんだ。
 自分だけが苦しいと思っててどうする!

「大丈夫だよ、ヴァルイーダ。俺は…大丈夫」
 そう言って、安心させるように彼の腕を軽く叩く。そしてそっと彼の傍から離れた。
 もう、行かなくちゃいけない。就寝前の自由時間は短いから、遅れるといつも以上にデューラは不機嫌になるんだ。
「じゃあ、ちょっと行ってくるから」
 頑張って作った笑いは、百点満点とはいかなくても、まあ及第点ってとこだっただろう。
「…待ってください。ガイズ」
「何だよ」
 …呼び止めないで欲しい。決心が揺らぐから。
「私に…今、出来る事はこれくらいしかありませんが…」


 これを。


 ――差し出されたものに、俺は目を見開いた。













 
 就寝前の自由時間は、デューラにとってあまりに短い。
 本当はそれこそ一晩中だって放したくないのだけれど。
 最近シルヴェスにちくりちくりと嫌味を言われるようになった。
 曰く。
『毎回点呼に遅れて、それでも許される囚人が居ると言うのは』
『著しく所内の規律を乱すんですよね』と。


 だからそれはシルヴェスが現れるまでの、限られた時間内の情事となる。


 今日は予定の時間を暫し過ぎた頃にノックの音が、鳴った。
「…失礼します」
 俯き加減で、部屋の扉をガイズが開いた。
「遅かったな」
 不機嫌さを隠さない口調でデューラは返す。そのまま、腕を強く掴んで中に引き入れた。
「あ……」
「脱げ」
 尊大に命令すれば、微かに震えた手がシャツにかかった。
 が、震える指先が言う事を聞かないのか、サスペンダーにかかった手は幾度もその金具を外し損ねる。
(……ちっ)
 舌打ちをしてデューラは壁に掛けられた時計に目をやった。時間が、刻々と過ぎていく。
「早くしろ!」
 怒鳴ったデューラは、とうとうガイズのシャツに自ら手をかけた。そのまま、引き裂くも同然にシャツを取り去る。

「…………あ?」

 だが剥ぎ取ったシャツの下から現れたモノに――デューラは、目が点になった。


 接ぎ合わされた黒革で出来たベストが、ガイズの肢体にぴたりと纏い付いている。慌てて下も脱がせてみれば、同様に黒革で出来た揃いのショートパンツが、細い腰をしっかりと覆っていた。
「何だ…コレ…」
 一瞬愕然としたデューラだったが、直ぐに我に返る。何せ、時間がない。
「…面白いモンつけてやがるなぁ、今日は。…何か?今日は、そういう趣向か?」
 どういう趣向だよ…とツッコミを入れたそうなガイズを無視して、デューラは楽しげに目の前の身体に手を伸ばす。
 その黒革の服はまだ幼さを残す身体にはややアンバランスで――却って、より一層背徳感を感じさせた。
 ベスト、パンツ共に要所要所が革紐で編み上げられていて、それが絶妙のアクセントになっている。
 ベストの下から手を滑り込ませようとして――ふと、デューラは眉を顰めた。
「…………………………」

 手が、入らない。

 余りにその服がガイズの身体にぴったりと作られていて、手を差し入れる隙間がないのだ。
 舌打ちしてデューラはベストを引き剥ごうとした。だが、全く動く気配が無い。
「…くそっ…!」
 今度は乱暴に、編み上げに手を掛けて引き裂こうとした。だがイヤに丈夫な革は、ただ徒にデューラの指を痛めつけるだけで、まるで裂ける気配が無い。
「貞操帯か、この服は!?」
 …よく見ればこの服、作業に使っている靴用の革を流用して作ったものでは無いだろうか…

「ふ……」
 じんじんと痛む指先を握り込んで、デューラは低く笑った。
 どこのどいつか知らないが、確実にコレはデューラに対する嫌がらせだ。挑戦だ。
 作業室まで行けば、革用の鋏もあるだろうが――そこまで行って帰って来る間に、自由時間は終わってしまうだろう。
 くつくつと低く笑いつつ、デューラは据わった目で横たわるガイズに目をやった。
 正確には――その纏う服にびっしりと付けられた、編み上げに。






 カチカチとなる時計の秒針に、デューラの指先が焦って革紐を取り落とす。
 硬い革紐は、外そうとするだけでも相当の力を要するのでデューラの指は摩擦に負けて真赤になっていた。
 だがその甲斐あってか、とうとう――前面を編み上げていた紐を全て取り去る。
 ゼイゼイと息をつきつつ、勝ち誇ったようにデューラはガイズの頬を撫でた。
「…誰がお前にこんなふざけた真似をしたかは知らんが…残念ながら徒労に終わったらしい、な」
 そして解いた紐を忌々しげに投げ捨てると、ぐいっと左右に服を開こうとする。

 が。

「……………………?」
 左右の革を結び付けていた編み上げの下に、もう一枚革があった。
 そしてその革は、今外した筈のベストの左右を、しっかりと繋げる形で縫い合わされている。

 つまり。

「ちょっと待て…まさか…」
 信じたくない思いにデューラが幾度も革生地をなぞるが、その絶望的な結果は…変らない。



「この編み上げは…飾り?フェイクって、事か!?」



 凶暴な眼差しで、怯えたように横たわるガイズを見詰める。残された編み上げ部分は、あと10箇所以上。それのうちどれを外せば、ガイズを脱がせる事が出来るのか…まるで見当がつかない。
 …この分ではタイムアウトは、必至だろう。
「やりやがったなぁ…畜生ぉぉ…っ」

 計略にまんまとハマってしまったデューラは結局…シルヴェスが部屋のドアをノックするまでひたすらガイズと――正確には、ガイズの『服の編み上げ』と、戦いつづけたのだった…



















「ヴァルイーダ」
「ガイズ。無事でしたか…?」

 本から目を上げて、心配げなヴァルイーダに、俺は思いっきりVサインを返してやった。
「もう、大成功!デューラの奴、悔しくって歯軋りしてやがったぜ?」
「そうですか…それは、よかった」
 そう言ったヴァルイーダの促すままに、俺は彼の独房に入る。

「それにしても、すごい作りだよなー」
 シャツを脱いで、俺は改めて感心したように下に纏ったベストを――ヴァルイーダの特別製のそれを指で撫でる。

 デューラのところに赴く俺に、彼が渡したのがこの革の上下だった。
 デューラが俺に手を出す時、一つだけ制限がある。それは、時間の制限だ。
 ならば時間を少しでも稼げるようにすればいい、との結論から生み出されたのが、この服なんだと言う。
 作業の折に、ちょっとずつ余った皮の、柔らかくてかつ丈夫、というところだけを上手く集めて。
 自由時間中ヒマさえあれば、ヴァルイーダはこれらの革を縫い合わせてこの服を作っていたのだそうだ。
 俺のために。
 彼の思いが嬉しくて、涙が出そうだった。
 (…まあ、なんで採寸したわけでもないのにあそこまで俺にぴったりの服を作れたのかとか…余り答えを聞きたくない疑問も生じるけれど)


「でも2回目は使えませんね…デューラも流石に今度は、革用の鋏とか常備して置くでしょうし」
「あ…そっか…」
 呟いて俺は纏ったベストに目を落とす。これはヴァルイーダの努力の結晶なのに、何だか勿体無かった。
「…でも、安心してください。もっといい解決方法を、又考えてあげますから」
 俯いた俺に誤解したのか、ヴァルイーダが俺を元気付けるように言う。
「うん…!ありがとう、楽しみにしてる」
 今度は作り物じゃない、本当の笑みを浮かべて。冗談めかして俺は返した。
「確かになー…この服って、いい方法だけど着る時とか脱ぐ時とか俺だって大変だったし…今度は、そっちも改良してもらえると嬉しいんだけど」
 トイレにだって行けやしないし。
 ぺろ、と舌を出して悪戯っぽく言ってみせる。

「脱ぐのが大変…ああ、そうですね、確かに」
 言いながら、ヴァルイーダが隣に座った俺の身体を、引き寄せた。
 至近距離で見詰めてくるヴァルイーダの目に、いつも中々見られない悪戯っぽい光を見つけ、訳も無くどきどきする。
「ヴァルイーダ…?」
 引き寄せられ、そのままに唇を重ねられて――きゅうっと目を閉じた俺は、だから背後に回ったヴァルイーダの指が、不穏に蠢くのに気付かなかった。
 細い指先が、俺の気付かないところで腰の辺りに一本出ていた紐を、ついっと引く。


 その瞬間、だった。


 バラバラバラ――っと音を立てて、アレだけしっかりと縫い合わされていた筈の革が一瞬にして全て解け、俺の身体から滑り落ちたのは。


「うわぁぁぁぁっ!何だよ、コレ!!」
 ヴァルイーダの腕の中で俺は、思わず悲鳴を上げて、あっという間に全裸になってしまった身体を両手で抱き締める。
「あ、大成功ですねv」
 狼狽する俺に対して指先に紐を摘んだままのヴァルイーダは、余裕の表情で笑っていた。
「『大成功』って…ヴァルイーダ!こんなヘンな仕掛けしてぇぇっ!!」
 真赤になって怒る俺の唇を指先でちょん、と押さえて、ヴァルイーダはニッコリと笑う。


「脱ぎ方なんて――『脱がし方』なんて、私一人が知っていればいいんですよv」


 ね?そうでしょう?


 言葉と共に、額に一度軽いキス。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
 茹蛸のように真赤になる。でも何が悔しいって、こんな恥ずかしい事されても、ヴァルイーダの事大好きな自分が一番――悔しい!

「違いますか?」
「ちがわない…」
 余裕綽々のヴァルイーダに、小さく返して。
 でもやっぱり悔しくって仕方ない俺は仕返しに――ヴァルイーダの唇に、噛み付くように口吻けた。
















END










発掘された結構昔の話。
今回主任がストレートに悪役に徹してますね。
でもヴァルイーダさんの黒さも、主任のヘタレっぷりも変ってません。

こういう話は、出来れば絵で書きたいんですけれど…
服の構造とか、あの説明で分かりますか?
ちなみにフェイク(飾り)の編み上げを、一生懸命外したことがあるのは鳥呼です。
確かコルセットか何かだったと…(ああいう物は、普通後ろに着脱用のジッパーがついてます)
参考程度に→コルセットの図(人形写真につき注意)。

あ、最後の、服がバラバラになってしまったガイズの図は、
是非キュー●ィーハ●ーのハニーフ●ッシュ並みに色っぽくお願いします。
(文字だと思って、無茶を言ってみる)




















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