甘い甘い、宝石を貴方に。 ベリーチェリーベリー ランプの光を受けて、艶やかな『赤』がガラスの器に映える。 初夏の宝石。さくらんぼ。 刑務所内では贅沢品のそれを、惜しげも無くデュ−ラは呼びつけた少年へと差し出した。 たまには他意無く甘やかしてやるのもいいか、と思ったのだ。 その赤い果実がジャーヴィーの実家から送られてきたのは、今朝方の事だった。 息子の上司に、同僚に、そして囚人達にもと大量に。 自身は大して好きでもないそれを、だが我侭を通してまで一箱分も確保してしまったのは、ガイズの喜ぶ顔が見たかったからなのかも知れない。 大量に送られてきたさくらんぼだったが、当然囚人の分の分け前は少なくて、精々一人につき2、3個程度がいい所だったから。 だから、皿に山と積まれた果実を見ればきっと喜ぶだろうと。そう考えて。 なのに。それなのに。 目の前の少年は、先程からぷつりぷつりと毟り取った『枝』ばかりを一心に口に運んでいる。 (何でさっきから枝ばっか食ってんだ、こいつ…) …ガイズが、よく分からない。 机に頬杖をついて、デューラはひっそりと溜息をついた。 「…おい、ガイズ」 「…………………」 呼びかけにも、ガイズは無言で。ただ枝を含んだ口をもぐもぐ動かしている。 こちらの声が聞こえていない筈が無い。…つまりは、聞こえていて、尚且つ無視しているという事だ。 先ほどから下降気味だったデューラの機嫌は、今の態度に一層悪くなっていく。 「…ガーイズ」 明らかに機嫌を損ねたと分かる低い声に、漸くガイズはちらりと目をデューラに向けた。 「…なに」 「…実の方も食え」 折角贈った果実を食べてもらえないばかりか、こんな生意気な態度までとられて。 少し前の自分だったら即座に殴っていただろうに、こんな台詞だけで済ませてやるとは。 …俺も随分と自分を抑えられるようになったものだ、とデューラは一人感心する。 だが、対するガイズは憮然とした表情のままもごもごと口を動かすのみだった。 「…さっきから何やってんだ、お前…」 とうとう呆れ気味に、デューラが問い掛ける。 「枝…結べるかって…」 「あぁ?」 「舌だけでさくらんぼの枝、結べるかって…ジョゼが…」 ぶすっとした顔で漸くガイズは答えた。 予想以上に下らない内容に、デューラは顔を顰める。 「また、くだらん事を…」 思わず呟いてしまった声は、だが著しくガイズの機嫌を損ねたようだった。 「…だったら、アンタ出来んのかよ!」 やってみろ、と突き出された枝を言われるがままにデューラは口に放り込む。 そして、数秒後。 「…コレでいいんだな?」 ぺろ、と出された舌の上には、見事に結び目のついた枝が乗っかっていた。 事も無げにこなして見せたデューラに、心底悔しそうにガイズは顔を歪ませる。 「…で?お前の方は?」 笑いを含んだ声で尋ねると、ガイズは答える代わりに決まり悪げにそっぽを向いた。 「…お前、あれだけかかってまだ出来てないのか?」 「うっせぇな!」 叫んだ弾みに口からぽろ、と含んでいた枝が零れてテーブルに落ちる。 ぱきぱきに折れ曲がってしまったそれを摘み上げ、デューラはクク、と笑った。 「…相当な苦労の跡が伺えるなぁ…」 …矢張り所詮は”チェリー”だな、という言葉に即座にガイズが噛み付く。 「俺は”経験済み”だって前から言ってるだろー!?畜生!どいつもこいつもーっ!!」 『どいつもこいつも』ということは、きっとジョゼ辺りにも同じネタでからかわれたのだろう。 「さーて、どっちの経験だか…」 「いい加減にしろよな!!」 うがあっと吼えたガイズは、とうとう本格的に拗ねたのか椅子ごとデューラに背を向けてしまった。 枝だけ毟られたさくらんぼの実が、食べても貰えずただ虚しく輝いている。 …こんな筈では、無かったのに。 「…ガイズ」 手を伸ばしてついついと服を引っ張るが、相変わらずガイズはもぐもぐと口を動かすだけで、こちらを見ようともしない。 チッと一度舌打ちをした。 椅子から立ち上がると、その音にガイズの肩がほんの少しだけ強張る。 「…こっち向け」 言いながら、細い顎を掴んで無理やり仰のかせた。 「ちょ…!」 発されかけた抗議の言葉ごと、その唇を奪ってやる。 「ん…っ!うー!うー!!」 当然だが、ガイズは暴れに暴れた。 じたばたと藻掻いてはデューラの肩といわず背中といわず拳で殴りまくってくる。 そんなガイズを巧みに押さえつけ、デューラは一層深く舌を絡めた。 時折舌に引っかかる邪魔な枝の存在に、唇を合わせたままで小さく笑う。 「ん…ぅ…」 息継ぎすら許さない長い口吻けに、次第にガイズの抵抗が弱まってきた。 先ほどまでしきりにデューラを殴りつけていた拳は、今は縋り付くように背に回されていて。 「…ゅ…ら…」 掠れた喘ぎがその喉から漏れる頃、漸くデューラはガイズを解放した。 「お前なぁ…」 解放された途端、口元を拭ってガイズはデューラを睨み付ける。 「…いきなり何すんだよ!言っとくけどこんな事したって、ヤんねぇからな!」 だが潤みきった瞳では、睨まれたところで迫力も皆無で。デューラはただ唇を歪める。 「何、ちょっと練習を手伝ってやろうかと思っただけだ」 「練習…?」 怪訝そうな顔をしたガイズだったが、はっとしてまだ口に含みっぱなしだった枝を吐き出した。 「………………」 先ほどまで真っ直ぐだったはずのそれは、だが今は真ん中に小さな結び目を一つくっつけている。 「デューラ…お前…」 「出来るようになるまで、幾らだって『教えて』やろう。他ならぬお前の為だからな」 そう言って笑うと、デューラは毟り取った枝をもう一度口に含んだ。 END |
珍しく主任が勝利を収めている話。憎い。 …というか、主任にそこまでのテクがあるとは思えな(禁句禁句!!) 戻 |
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