そっと、そうっと。起こさないようにね? Don't wake a sleeping dog. いつもの居残り作業。 そして傍らに、いつものあの人。 「どうして、エバはさ…」 ちくちくと固い皮を縫い合わせながら、俺は口を開く。 「こんな風に、俺のこと手伝ったりしてくれるわけ?」 言ってしまってから、俺ははっと我に返った。 (何、言ってんだよ、俺…!) カッと首が熱くなる。まるで、『特別だから、手伝ってるんだ』とかそんな言葉を期待しているみたいで。 案の定、横目で伺うとエバは針と糸を片手にぽかんと口を開けている。 「は…?どうして…って?」 「い、いい!気にしないでくれ!」 「『気にしないで』って…ガイズ」 「いいからぁ!」 肩に手を置かれて、一層俺は混乱する。 馬鹿だ。言わなきゃよかった。 聞かなければ何時までも、『エバって俺の事…少し特別に思ってくれてる?』なんて自惚れていられただろうに。 どうせきっと――『不器用なガキを見るに見かねて』…そんなところだろう? 聞きたくない。エバの本当の気持ちなんて。 『やぶ蛇』って、きっとまさにこの事だ。 唇を噛み締めて俯いてしまった俺の背中を、慌ててエバがぽんぽん叩く。 「…ガイズ…」 困ったようなエバの声。その声に被さるようにドアが蹴破られる音と。そして。 「ほう…随分仲睦まじいじゃないか、貴様ら」 …物凄く聞きたくない声が、聞こえた。 ドアに凭れたデューラは、腕を組んだままでニヤニヤとこちらを見ている。 「わざわざ残って作業をお手伝いか?仲がよくて結構なことだな」 その言葉に慌てて手に持っていた靴の皮を背に隠すが、もう遅かった。 冷たいデューラの眼差しに竦んだ俺を庇うように、エバが立つ。 ふん、とデューラが鼻を鳴らした。 「…何だ。お前らもしかして、できてんのか?」 からかうような口調に反して、眼光が異様に鋭い。 怯えて震えた俺の肩を、何気ない仕草でエバが抱いた。 「ええ。そうですよ。…ばれちまいましたか?」 (……………………は?) 耳からの情報を脳が受け入れきれなくて、俺は首がグキリと鳴りそうな勢いでエバを振りかえる。 何を言ってるんだと。 何を言ってるんだと、言いたくて言えなくて俺は目を見開いてエバを見詰める。 だけど、その飄々とした表情は、いつもと全く変わりがなかった。 「いっやー、参ったなぁ…上手く隠してたつもりだったんですけど…」 「おい、エバ…!」 口を挟もうとする俺を笑顔一つで制して、エバはデューラに向き直る。 「でも、こんな風に作業手伝ったり『特別扱い』してたら――幾らなんでもばれるってもんですよね?」 いやあ、失敗失敗、とエバはけらけら笑う。 「でもまだ『清いオツキアイ』ってやつなんで――どうにか見逃してやってもらえませんかね、看守さん?」 唇の前に人差し指を立てて、悪戯っぽくウインクするエバ。 対するデューラは何故か顔面蒼白。 そして俺も貧血で失神寸前だった。 何を考えてるんだろう。 余りにタチが悪い、冗談だ。 ショックが過ぎ去って。その後にやってきたのは哀しみとどうしようもない情けなさ。 憤りに任せて、俺は肩にいつまでも居座っていたエバの手を振り払った。 「…っかヤロウ!」 手伝って貰ってた俺を、庇うため? でも、何て酷いジョークだよ。 お前俺の気持ちなんて、ちっとも分かっちゃいねぇよ。 軽口でも『付き合ってる』なんて、お前の口からは言って欲しくなかったのに。 睨みつけると視界が潤んで、ぼろぼろ涙が溢れてきた。 「ガイズ…」 「ふざけんな!」 伸ばされた手を、振り払う。 「何なんだよ!俺を庇うためかよ!寄りによってそんな台詞…冗談にして…!」 悔しくて悔しくて仕方が無い。 そんな冗談を吐けるくらい、エバにとって俺はどうでもいい存在なんだ。 「本気でもないなら…そんな事言うなよ!」 怒鳴った瞬間、エバの目つきがはっきりと変わった。 そして肩を痛いほどに掴まれる。 「…言っていいのか」 「え…」 見返した薄茶の目は、怖いくらいに真剣だった。 「エバ…?」 「言っていいのか。『本気』だって。言ったらお前は、茶化さないで受け止めてくれるのか」 「ほんき…って…エバ…」 「好きなんだよ、お前が」 「…………!」 ガン、と頭を殴られたような衝撃が走った。 「嘘だ…」 「嘘じゃない」 「信じられるか!それなら…何であんな風に冗談めかして言ったりしたんだよ!」 「…『本気』だって言ったら…逃げられると思った」 「…………」 「怖かったんだよ。情けないが、本当の事を言ってお前に避けられたら…と思ったら」 「エバ…」 「冗談に紛らわして言うことしか、出来なかった…でも、その事でお前を傷つけたなんて…」 すまない、と囁いてエバの指が俺の汚れた頬を拭う。 それにつられたように、また涙が零れ落ちた。 「お前が…好きだよ」 低く囁かれる言葉に、うん、と頷く。 「…お前は…?」 エバが尋ねた。声がほんの少し震えているようにも感じられた。 エバも、怖かったんだ。 怖がっていたのは、俺だけじゃなかったんだ。 「…っれも…すき…だ…」 勇気を振り絞って発する言葉。 言える日なんて、一生来ないと思っていた言葉は。 いつもよりももっとずっと甘くて優しいエバの笑顔に――受け止められた。 …で。 そーんなイチャラブ状態のお二人の横には(忘れ去られていたけど)主任が、居た。 そして目の前の誤解からすれ違い、そして和解してくっつくまでの一部始終を、見せ付けられていた。 「そ…そんな…」 真っ白になりながら、デューラは声を絞り出す。 余計な事を、言わなければよかった。 嗚呼、出来る事なら10分前まで、時計の針を戻したい。 そしてそんな燃え尽きた上司の姿を、ドアの影から部下二人が覗いていた。 「…いいかい、ジャーヴィー。アレが『やぶ蛇』の典型的な一例だ」 「…成る程」 「ちなみに言葉を変えると、『Don't wake a sleeping dog』とも言うな」 「…『雉も鳴かずば撃たれまい』ってのは?」 「正解」 よく出来ました、とシルヴェスは赤毛の頭をよしよし、と撫でた。 END |
エバガイ&空気のようにスルーされている主任を書こう月間(…あったのか)の作品。 ちなみにこのテーマに沿って書いたDarkSide側が「into the Black Hole」や「MissingYou」になります。 比べてみると可笑しいかも。 戻 |
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