チョコレート戦争







1.面会室の純情







 そろそろ春の気配が感じられる、そんな2月の面会日。
 面会の最後に、ルスカが鞄からチョコレートを出してくれた。いつものように。
 …ただいつもとちょっとだけ違ったのは、妙に気合の篭もった、そのラッピングで。

「なんか…妙に…気合入ってねぇ?」
 小箱を片手に訝しげに俺が問い掛けると、ルスカがガタガタ、と音が鳴るくらい椅子を揺らして俺から遠ざかった。
「な、な、何言って…!いつも通りだろう!」
「いつも通りって…だって明らかに包装が違うし」
 落ち着いた焦げ茶の包装紙に、箱に十字に掛けられた金色のリボン。
 色合い的には決して派手ではないけれど、透かしの入った包み紙や変則的な結び方のリボン、更に飾られた豪奢なコサージュにこれでもかとばかりの気合がビシバシ感じられる。

「あ、そ、それは……多分菓子屋のサービスだ!別に俺がわざわざ指定したわけでは…!」
 …怪しい。否定されればされるほどに果てしなくウソ臭い。
 が、茹蛸のように真っ赤になって両手をぱたぱた振っているルスカをこれ以上苛めるのに忍びなくて、俺は『…ありがと』と小さく囁くと貰った可愛らしい包みを大事に手の中に包み込んだ。
 何だかんだ言っても、こういう風にわざわざ報酬外の手間まで掛けて貰えると、『気に掛けてもらえてるんだ』という実感が湧いて嬉しい。
(恥ずかしいから、絶対言わねぇけどさ)
 代わりにさもチョコレートが嬉しかったような振りをして、悪戯っぽく小箱を掲げて見せる。
「…ここってさ、甘いもんなんてルスカの持って来てくれるチョコレートくらいしか無いし…いっつも、コレすっげぇ楽しみにしてるんだぜ?」
 そんな事言ったら『…ガイズはまだまだ子供だな』とか馬鹿にされるだろうか?
(言った方がいいかな…?『チョコレートよりルスカの気遣いがいっつも嬉しいんだ』って)
 そう思ってちら、と隣の顔を見上げると、薄茶色の目がはっとするくらい真剣にこっちを見ていて。心臓が、跳ねた。
「ルスカ…・?」
「…ガイズ…あのな」
「何…?」
 戸惑う俺の手を、包みごとルスカの大きな手が握り締める。
「俺は…」


 ――その瞬間、ガンガンガンガン、という大音響が面会室に響き渡った。

「ハーイッ!!面会時間しゅうりょーうっ!!」

「え!?」
「な…ちょっと待…!」
 ぎょっとして振り返った先で、灰髪の看守が『本日の面会時間は終了でーす』と手にした鍋(どっから持ってきたのか)を警棒でガンガン叩いている。

「…と、いうことで139番。さぁ、作業室に戻ろう」
 いきなりの妨害に呆然としている俺の腕を、灰髪看守が掴んでいそいそと立ち上がらせた。
「ウソでしょう…!ちょっと待って下さい!いつもはここまで面会時間は短くないでしょう!?なのに何で『今日』に限って…!」
 慌てて俺たちの後ろからルスカが食い下がるが、看守の返答は常に無くそっけない。
「…いや、申し訳ありません。これから彼…139番には、作業が残されているんですよ。ですので本日の面会は此処まで、ということで…」
「横暴だ!被告には弁護士との自由な接見の保障をされていなければ…!」
「…というか…アナタの本日の言動は些か『被告と弁護士』の範疇を越えていたような…」
 がなっていたルスカが、看守の小さな呟きにぐっと詰まる。

「卑怯者…こっちは3ヶ月に一度しか逢えないってのに…!」
「申し訳ありませんが…こちらも仕事ですので…」
 ぐるぐると唸るルスカに、ちょっとだけ申し訳なさそうに看守が呟く。


 閉ざされた扉の向こうでルスカが、『ガイズ…!そのチョコレートは…!』とか叫んでいたような気がしたが、残念ながら俺がその内容を最後まで聞き取る事は出来なかった。




「…さて」
 ルスカの声が完全に聞こえなくなった辺りまで来て、灰髪看守が俺のほうに手を伸ばす。
「すまないがさっきのチョコレートを、私に提出してもらえないか?」
「え…?でもいつもは…」
 いつも貰ったチョコレートは、おざなりなチェックだけで返してもらえる筈なのに。
 時々看守の目を盗んで、ルスカとこっそり手紙なんかをやり取りしているから、一瞬それがバレたのかとどきりとする。無意識に、手にした箱を背中に隠してしまった。
「いつもは…このまま持っていっていいって…」
 上目遣いでおずおずと口にする俺に、看守は目線を和らげた。
「…ああ。でも今日はこれから作業だろう?それに今日のチョコの箱は、どうも君のポケットに収まる大きさじゃなさそうだからね?」
「あ、それで…」
 言われてみれば、確かにそうだ。
 男ばかりの刑務所と言えど、甘い物なんかの嗜好品は貴重で。ポケットにも入れずに見せびらかしてたら無用のトラブルを招きかねない。

「…だから今だけ、私が預かろう。作業が終わったら、責任をもって返してあげるから…」
「はい。それじゃ、お願いします」
 疑いを掛けられていた訳でなく、純粋に俺を心配して『預かる』と申し出てくれたんだ。
 少し申し訳ない気分になりながら、俺は看守の手のひらに箱をそっと載せた。





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――疑いもせずあっさりとチョコレートを手放して作業に戻る少年の後ろ姿に、灰髪看守ことシルヴェはズキズキと良心が痛むのを必死でやり過ごした。
(すまない…!作業が終わっても、このチョコレートが君の元に帰る日は二度と来ないんだ…!)
 100%確実に、これからこのチョコレートは『不幸な事故』によってガイズの手元には戻らなくなる。
 そして闇から闇へと葬られ、最終的には自分と相棒の胃袋に収まる事となるのだろう。

 本日は看守としての全権をもって『139番をチョコに近づけないようにする日』。

(本当にすまない…!悪いとは思ってるが、私だって仕事なんだよ…!)

 心の中で謝り倒しつつ、シルヴェスは包み紙をバリバリと解いて中に入っていた小さなメッセージカードを――不器用な弁護士殿の想いの詰まったそれを――そっと握り潰した。


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