真夜中過ぎは、大人の時間。










 ミッドナイト・アワー









 カチャ、という音を耳にした。
(鍵……?)
 独房のベッドの上で夢うつつのガイズは、異な音にゆっくりと瞼を持ち上げる。
 音のした方へと目を向ければ、小さなライトの明かりが格子の向こうに見えた。
 キィ…という微かな音と共に扉が開かれるのを目にして、慌ててガイズは跳ね起きる。
「…デューラ…!?」
 入ってきた人物を目にして、ベッドの上で後ずさったガイズは咄嗟に身体を隠すように毛布を引き寄せた。
 不意打ちの襲撃に混乱するガイズを見て、ひっそりとデューラは唇を歪める。
 『良からぬ事』を考えているのが、ありありと分かるその微笑。
「良く寝ていたみたいだな、ガイズ」
「何…だよ」
「なに、ちょっとした遊びにでも誘ってやろうと思ってな」
「遊び…って」
「…来い」
 返事も聞かずに腕を引っ張られ、ベッドから転がり落ちる。
「痛って…!ちょ…、こんな時間に…!?」
 抗議するように怒鳴ると、デューラは振り返って窘めるようにガイズの唇をそっと指先で抑えた。
「…静かにしろ。『こんな時間』だからこその、遊びだ…」
「…何だよ、それ…!嫌だ!行かない!」
「…だから、静かにしろと…!」
 後ろからぐっと口元を抑えられ、羽交い絞めのような体勢で引き摺られる。
 真夜中の刑務所内は静まり返っていて、まるで其処にはデューラと自分しか居ないように感じられた。



(今度は…何する気だよ…)
 何度も連れ込まれた、デューラの私室。
 その近くまで来る頃には、すっかりガイズは暴れるのも止めて大人しくなってしまっていた。
(もう…好きにすればいいだろ…)
 諦めに似た思いと共に、自分を拘束しているデューラの腕に身を任せる。
 だが、デューラの私室の前に立っている人影を目にして、ガイズは我知らず身を強張らせた。

(ギルディアス…!)

 自分を陥れ、この刑務所に叩き込んだ憎んでも憎みきれない相手。
 その彼が、何故か今自分の目の前に立っていた。
 真夜中だというのに相変わらず髪型にも服装にも、僅かほどの乱れも無い。
(何で…此処に…)
 まさか、とガイズは顔を蒼褪めさせる。そしてデューラを振り仰いだ。
 揺らめく廊下の明かりに、デューラの表情は推し量れない。

 不意に、身体を拘束していたデューラの腕が外れた。
 開放感と同時にほんの僅か淋しさを覚えて、慌ててガイズはそれを否定するように自らの身体を掻き抱く。
 突き飛ばすように、背を押された。
「…あ…っ」
「…随分乱暴な扱いだな」
 笑いを含んだ声が、頭上で聞こえる。
「いつもそうしているのか…?可哀相に…」
 言葉と共に妙に優しい手つきで髪を撫でられ、初めてギルディアスに抱き締められているのだとガイズは気付いた。
「何す…!」
「それじゃあ、借りていくぞ」
 言いかけた言葉は、ギルディアスの信じ難い言葉に遮られる。
「借り…て…?」
 ギルディアスに抱き締められたまま、呆然と背後のデューラを振り返った。
 縋るような、泣き出しそうな目をしていることにガイズ自身は気付いていなかった。
(デューラ…?)
 振り返ったデューラは腕を組んで、満足そうに頷く。
「ああ。…好きにしろ」
 その言葉は、今まで彼に投げつけられたどんな酷い言葉よりもガイズを打ちのめした。




(…そういう事かよ)
 どうしてこんなに、胸が痛むのか分からない。
「…そんな顔をするんじゃない」
 言葉ともに、宥めるように背を撫で上げるギルディアスの手。
 デューラの部屋の中、『デューラ』の位置にギルディアスが収まっている様はまるで出来の悪い間違い探しのようだった。
「…いい子にしていなさい」
 耳元に囁かれると同時に、脱がされた服がぱさりと音を立てて床に落ちた。
 暫く手元の箱をカチャカチャと探っていたギルディスが、その中から何かを取り出す。
 ガイズは何もかもを諦めたように、目を伏せた。













「…遅い」
 部屋から出た途端の、不機嫌そうなデューラの第一声にギルディアスは苦笑する。
「それは悪かった。…つい夢中になって、我を忘れてしまっていたものでな」
「そうか」
 そっけなく返すと、デューラはさりげなく部屋の中へと目線を向けた。
 それに敏感に気付き、ギルディアスは問い掛ける。
「…連れて来るか?」
「…ああ」
 デューラの返答に、ギルディアスは部屋の中に向かって『来い』と声をかけた。
 が、中の人物の躊躇する気配に小さく舌打ちし、部屋の中へと入っていく。
 程なくして細い手首を掴んだまま、ギルディアスは再びデューラの前に現れた。
 デューラの手が、無意識にかギュっと自分のシャツの胸元を握り締める。

 廊下に出たギルディアスの後に、コツ、と音を立てて黒エナメルのストラップシューズが覗いた。
「…ほら。早く出てきなさい」
「…………」
 促されて再びコツ、という音と共に現れたのは――漆黒のドレスを纏った少女。
 否、漆黒のドレスを無理矢理着せられた――ガイズだった。

 シルクとレースをふんだんに使った、アンティークドールのような豪奢なドレス。
 だがレースも生地も黒一色の所為か、華やかであっても派手すぎることは無い。
 スクエアにカットされた襟元が、綺麗に浮かび上がった鎖骨を強調する。
 肩までつく程度のさらさらとした黒髪は、共布で作られたヘッドドレスで飾られていた。
 大きな目は、伏せ目がちにしている所為で、長い睫が強調されている。
 ごく薄く白粉を叩いた小作りな顔の中で、淡く珊瑚色の紅をのせた唇だけがあえかな色を宿していた。


「激可愛…」
 ぽそ、と思わずデューラが口走る。
 その言葉に、ギルディアスはキラリと眼鏡を光らせた。
「…そうだろう?一体何処の誰だろうなぁ?『女装させるなんざ邪道!余計な装飾は素の魅力を損 なうだけだ!』などと言ったのは…」
 ふん、とギルディアスは鼻でデューラを嘲う。


 切っ掛けは数日前、デューラが悪戯でガイズの唇に赤いルージュを塗りたくった所から始まった。
 あまりに似合わなかったガイズの化粧。
 だが逆に何もしない、素の表情の方は強くデューラの心を掴んだ。
 そこで思い浮かんだのが、可愛い子猫に女装させて連れまわしているという眼鏡の姿。

(女装させるなんざ、邪道だろう、邪道)
(ゴタゴタと余計に飾り立てるのは、却って素の魅力を損なうんじゃないのか?)
(なのにドレスだ、化粧品だ、と散々買って…あんなのに魅力を感じるなんて相当悪趣味だな、お前。)
(はっきり言って『俺のガイズ』は、化粧なんざなくったって十分に…)

 散々言われ、罵られてとうとう眼鏡はキレた。
 そして、『私にガイズを貸せ!そんなに言うなら、女装の真髄見せてやる!』と啖呵を切った。

「大体、女装を甘く見ないことだ!スカート履かせて適当に口紅塗って、それで『女装』なんぞ言語道断!そもそもガイズは顔立ちが幼いから、赤い口紅なぞは下品になるだけだというのに…」
 憤りにギルディアスは拳を震わせる。
「矢張り、色は可憐にコーラルピンク!肌が綺麗だから白粉などは控えめに!そしてドレスは華美すぎず繊細なデザインのものにしてみた。…どうだ。似合ってるだろう」
「…ああ」
 ギルディアスの言葉に、デューラはふらふらと頷く。
「ガイズは肌があの子ほど白くないから、今回はウィッグの色も地毛に近い黒のものを選んだんだ。…似合っているだろう?」
「…ああ」
 またデューラはふらふらと頷く。が、視線の方向は所在なげに立ちすくむ(一見)美少女に釘付けのままだ。

「…ところで、ガイズと言えば緑のイメージがあってな…もう一着VictorianMaidenで緑の別珍のドレスも特注で頼んで、持って来てみたんだが…」
「………!」
「…見たいか?見たいだろう?…きっと恐ろしく似合うぞ…?」
「…み…見たい…」
 悪魔の囁きにあっさりとデューラは陥落し、首を縦に振った。

「え…!ちょっと待てよ!おい、デューラ!?」
「そうか、そうか。そうと決まったらウィッグと靴も別のものに変えるとするか」
「よし。任せた」
「『任せた』じゃねぇだろーがー!!やーめーろーっ!」
 じたばたと暴れる(一見)美少女を、再びギルディアスは部屋の中へと引きずり込む。
 いってらっしゃーい、とヒラヒラ手を振るデューラと、何だか今までになく生き生きしているギルディアス。
 二人を睨みつけ、長い髪を振り乱してガイズは叫んだ。

「こっの…暇人のスケベ親父どもがぁぁぁぁっ!!」


















「…なぁ…だけどなんでこんな夜中に…」
 すでに何着の服を着せられ、脱がされたか分からない。
 流石に抵抗し疲れたのか、欠伸をかみ殺しつつガイズは問い掛ける。
「馬鹿か。こんな姿を万が一他の奴に見られたら、どうする」
 ヘッドドレスを丁重な手つきで結びつつ、デューラは答える。
「その通りだ。間違いなく直ぐに、物陰に連れ込まれてしまうぞ?」
 そんな事になったら誰かさんは激しく面白くないだろうし、なぁ?とドレスを着せつけながらギルディアスは、意味深にデューラに目を向ける。

「だからこれは、私たちだけが楽しめる秘密の遊びということだ」




 秘密のミッドナイト・アワー。

 大人たちの遊びは、終わらない。


























さりげなく『ルージュノワール』とリンクしているようなしていないような。
メガネがいきなりヘモさん(※本名ヘモグロビン伊藤。メイクの貴公子)になっててビックリの一品。
ひたすらガイズの女装とメガネの熱い語りが、キモく書けるように努力しました。
ガイズと主任とメガネの3○を期待した方。まず居ないと思いますけど、居たらごめんなさい。

ちなみにガイズのドレスは実際のとあるゴスロリブランドのものをイメージしています。
VictrianMaidenも密かに、本当にあるブランドなんですよー。















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