ひとりぼっちで生きてきた

 金色の髪の人魚姫は

 あるとき 王子に恋をしました

 金瞳の王子に 恋をしました。












にんぎょひめ














 人魚の姫は、悪い魔女に声を奪われたわけでも無いのに。なのに。
 何故か愛しい王子の前だけでは『本当の言葉』を口にする事が、出来ませんでした。
 余計な言葉や嘘なら、それこそ海を満たす水ほどでもぶつける事が出来るのに。

 『本当の言葉』を発しようとすると。
 喉が詰まって。
 舌が強張って。
 一度開いた筈の唇を虚しく閉じて。
 ただ不快そうに顔を背ける事しか 出来なかったのです。

 呪いならばまだ、解く方法を探す事も出来たでしょうに。
 それは呪いなどではなく。薬の副作用でもなく。

 …だから人魚の姫には、どうする事も出来ませんでした。


 怯えられ。
 恐れられ。
 そして いっそ憎まれても。

 それでも人魚の姫には。
 どうすることも。
 
 …出来ませんでした。








 そんな、ある月夜の晩。

 ふらりと外に出た人魚の姫は、見慣れない手帳を拾いました。
 何となしにそれをぱらぱら捲り。
 目に飛び込んできた文字に 人魚の姫は息を呑みました。

 それは 彼の王子の命を救う鍵。
 危機に瀕した彼の命を救う 唯一絶対の鍵でした。



 『これがあれば あいつは死ななくて済む』

 だけど。

 人魚の姫は 迷います。

 『生き延びればあいつはきっと 此処から出て行ってしまう』

 人魚の姫は 悩みます。

 ああ だけど。



 捨てきれない 一縷の望み。一縷の願い。
 自由になっても どうか傍に。



 人魚の姫は 手帳を握り締めました。
 そして眠る王子の元へと向かうと  その枕元にそっと 手帳を置きました。

 柔らかな髪をかき上げ 耳元に唇を寄せます。
 それでも 言葉を発することは出来ません。
 王子を起こすことすら 出来ません。
 普段あれだけ流暢な舌は まるで凍り付いてしまったようで。

 言葉の代わりに 人魚の姫は触れるだけの口吻けを贈りました。
 祈るような 想いと共に。














 人魚姫の祈りは 半分のみ通じたのか。
 王子の命は 救われました。

 美しく。
 凛々しく。
 気高さと知性を持ち合わせた。

 …亜麻色の髪の 姫の手によって。







 幸せそうに寄り添う二人を 人魚の姫はじっと見ていました。



(ありがとう、ルスカ…ルスカが居なかったら、俺…)

(何を言っているんだ、ガイズ。最後まで諦めなかった、お前の力だろう?)

(…そんなことない!)

(そんなことあるさ。…これだって)

 取り出された手帳が、軽く揺れます。

(お前が頑張らなければ手に入らなかったし、無罪だって勝ち取れなかったさ)

(だけど…それ、一回没収されたんだぜ?俺、もう駄目かと思って…)

(でも、次の日には返ってきていたんだって?不思議なものだな)

(そうだよな)





 微笑み合う二人は 何処までも幸せそうでした。

 それを人魚の姫は見つめていました。
 ひたむきな眼差しで ただじっと見つめていました。




 どうか王子 気づいてください

 貴方を助けたのは私なのです 


 貴方を助けたのは私なのです と




 叫びたくて 叫びたくて。何度も唇を開くのに。
 喉が詰まって。
 舌が強張って。
 ただ引き攣れた吐息が漏れるばかりで。

 欠片ほども 声が出ません。



 どうか。どうか 気づいてください。

 わたしに 気づいてください。



 祈るような思いで 見つめた先では。
 王子と亜麻色の髪の姫が。
 幸せそうに。

 口吻けを 交わし合っていました。




















 明日になれば、王子は此処から出て行ってしまうのでしょう。
 あの、亜麻色の髪の姫と共に。


 王子が出て行く最後の晩 人魚の姫は眠る彼の元を訪れました。


 王子は幸せそうに眠っています。
 その薄い瞼を見つめ。
 微かに上下する胸を見つめ。
 淡く吐息を紡ぐ唇を見つめて。

 人魚の姫は、懐から何かを取り出しました。
 それは黒光りする一丁の拳銃でした。

 愛しい王子の眠りを破らないよう そっと覆い被さって。
 静かに。静かに人魚の姫は眠る王子の胸に拳銃を押し当てます。
 引き金にかけられた指は小刻みに震えていました。



 さあ 引き金を引くんだ。



 人魚の姫は何度も何度も自分に言い聞かせます。
 殺してしまえと、そう言い聞かせます。


 他の人間のものになるくらいなら。いっそ今この引き金を引いて 殺して。
 そうすれば自分は還れるのだと。
 何も知らない孤独な人魚だった あの頃に戻れるのだと。


















「……………………」

 ぽたりと透明な真珠が一粒。王子の頬に落ちました。

 人魚の姫は 王子の胸から銃口を外し。

 ゆるゆると腕を持ち上げ その銃口を。



 己のこめかみに 押し当てました。













(  さようなら   わたしのいとしい   王子様  )































 銃声は、聞こえませんでした。
 だけど人魚の姫は、消えてしまいました。
 朝日の訪れと共に、はかなく泡となって。

 『王子に恋した人魚姫』は 消えてしまいました。















END













副題『恋心の終わり』。
Light Sideに置くつもりが、何だかライトにならなかった。
名作汚してすみません。














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