――唇に、紅を。








ルージュノワール









 制服に着替えて、放り投げたシャツを拾い上げる。
 そのとき、銀色の何かがポケットからころりと転がり落ちた。
「…………?」
 床を転がる細い筒のようなそれを訝しげに拾い上げる。
 そして漸くそれが『口紅』だと気付いた。――昨夜の、女の。
 クス、と小さく口元だけで笑う。馬鹿な女。『自分を忘れないで』という訴えのつもりだろうか。
 正直、顔だって覚えていない。趣味の悪い、派手なルージュ以外は。

 行為の最中に考えていたのは目の前の女の事でなく、別の相手の事だった。
 だから、相手の髪の長さに違和感を抱いた。
 顔を近づけたときのキツイ香水の匂いに眉を顰めた。
 脂肪のたっぷりついた太腿の柔らかさが、気持ち悪かった。
 べたりと唇についたルージュが、不快だった。

(…どうして、だろうな)

 口紅を手の中で弄びつつ、思い浮かぶのは一人の面影。
 男ではあるが、まあ好みの顔立ちをしている。
 だが、ヴァルイーダのように目を見張るばかりの美人というわけではまず、無い。
 性格だってちっとも従順にならないし。言動だって生意気で。
 下町育ちのただのガキ、なのに。
 どうして自分は毎回『彼』を選んで、抱くのだろう。
 お気に入りだったヴァルイーダを放り出してまで。

(もしかして…服を変えてみりゃ意外と女顔だとか…?)
 常の状態ではヴァルイーダ程ではないが、でも。
 身なりを変えてみたら、実は『女と見紛うばかり』なのかも知れない。

 考えたら、即座に試さずには居られなくなった。
 口紅を一度中空に投げて、受け止める。









「で…何か御用ですか…」
 心底嫌そうな顔でデューラの前にガイズは立つ。
 その顎をいきなり掴まれ、思わずガイズは苦鳴をあげた。
「痛って…!」
 開いた口を黙らせるように、押し付けられた何かが唇の上を滑る。
 口紅を塗りつけられているのだと気付き、ガイズは瞠目した。
「何…してんだよ!」
 痛い事でも何でも無いが、男の身で化粧をさせられている事に堪らなく屈辱を感じる。
 嫌がってガイズが暴れた所為で、デューラの手元が狂った。
 唇の輪郭をはるかに越えてルージュが塗りつけられる。
 ク、とデューラが馬鹿にしたように笑うと、手にした口紅を投げ捨てた。
 そのままガイズの顔をまじまじと見て、改めて唇を歪め、嘲う。
 オーバーに塗りつけられた真っ赤な口紅は、まるでサーカスの道化そのものだ。
 健康的な少年の顔に、その口紅は余りにも不釣合いで滑稽でしかなかった。

(ヴァルイーダなら恐ろしく似合っただろうがな…)
 別に、こんな風に化粧してやったところで、ガイズは女に見えるわけでもない。
(きっとコイツを選んでしまうのも…生意気な態度が物珍しいからだろ)

 きっと、程なく飽きる。

 このちっぽけな少年に執着する理由がおぼろげに分かって、デューラは満足げにガイズを引き離した。
「用は済んだ。もう、行っていいぞ」
「はい……」
 何がしたかったんだよ!と言いたげな不満顔で、それでもガイズは大人しく返事をする。
 塗られたルージュが余程不快だったのか、シャツの襟元を引き寄せて乱暴に唇を拭っていた。
 その様を拾い上げた口紅を弄びつつ、見るともなしにデューラは眺める。
 視線を感じたのか、口元を拭っていたガイズがふと顔を上げた。



 その瞬間。
 口紅はデューラの手から滑り落ち、床に落下していた。





「あの…」

 訝しげに呼びかけられても振り返れない。忌々しい、この頬の熱が冷めるまで。




 一切飾りの無い素の顔にこそ目を奪われたなんて。
 口が裂けたって言えるものか。















うっかり素のガイズ萌え(萌え言うな)。












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