二人で、お茶を。















ティーフォートゥー














何気ない口調で、『茶でも飲まないか』と誘われた。

 彼からのそういった誘いは、初めてでは無かった。
 その度に所謂『酷い目』に遭わされてきたから、警戒しなかったと言えば嘘になる。

――それでも、頷いて大人しくその後に従ったのは。



「…何を緊張している?」
 不意に声をかけられてガイズの肩が跳ねた。
「…別に…何も…」
「そうか」
 言いながらデューラは、戸棚に向き直る。
 手袋を外した指が、白磁のティーポットを取り上げた。
 その傍らでは火にかけられた薬缶が、シュンシュンと音を立てている。
 時折陶器の触れ合う音すら聞こえるほどの静かな部屋で、ガイズは居心地悪げに椅子の上で身を捩った。
 手持ち無沙汰、とでも言えばいいのだろうか。
 する事もない所為か、必然的にその視線はデューラの背中に向かってしまう。
 その背中は仕事中とは違い、どこか穏やかな雰囲気を纏っているようにさえ見えた。
 頬杖をつきながらそれを眺める。スッと猫のように目を細めた。
 薬缶の湯気と紅茶の芳香と何時になく機嫌のいい彼の人と。
 誘われるように。ガイズは椅子から立ち上がるとデューラの元へと歩き出した。



「…ガイズ」
 ひょこりと横にやってきた少年に、ポットを持ったデューラは驚いたように目を見開いた。
 ガイズが、命令されもしないのに自分から近づいて来るなんて――滅多に無い事だったから。
 訝しげな視線を受けつつ、デューラの傍らで無言のままガイズはティースプーンを並べる。
 僅かに。ほんの僅かだが、デューラの視線が和らいだ。
「…いいから座っていろ」
 言葉と共に、常に無い優しさでガイズの肩を押してやる。
 ふる、とガイズが拒むようにかぶりを振った。そして背伸びをして、棚の上段にあるシュガーポットに手を伸ばす。
「…………っ」
 届きそうで届かない。そんな微妙な位置にあるシュガーポットを、10cm高いところにある腕がひょいと掴み上げた。
「ほら」
 微かに笑いを含んだ声と共に取り上げられたシュガーポットが、ガイズの額にコツンとぶつけられる。
「…………」
 10cmの身長差をこれでもかとばかりに見せ付けられて。ガイズは、悔しげに頬を膨らませた。
手の中に落とされたシュガーポットを受け取ると、やや拗ねたような足取りでテーブルへと戻っていく。


 それを楽しげに見送ったデューラはだがふと瞳を眇め、その口元に物騒な笑みを浮かべた。
 背を向けているガイズは、絶対に気づかれないように。









 テーブルの上には、華奢なティーカップが二つ。
 その中へと薫り高い紅茶が、トポトポと音を立てて注がれる。

 『ガキにはコレくらいが丁度いいだろう』と問答無用でミルクをたっぷり注がれたから。
 意趣返しのように『あんた見かけによらず甘党だもんな』、と砂糖を2杯放り込んでやる。

 どこからどう見ても、平和な午後3時のお茶の時間。
 こんなに穏やかな時間を過ごせるなんて、まるでウソのようだ。

「…入ったぞ。飲め」
「あ……はい」
 促されてガイズは、アイボリーに染まった紅茶をを口へ運んだ。
 組んだ両手の上に顎を乗せて、デューラはそれをじっと見つめる。
 向けられる視線に、ガイズは落ち着かなげに顔を背けた。
「あの…さ…」
「どうした?」
「何をそんなに…見てんだよ…」
「…ああ」
 ガイズの問いかけに、デューラは甘すぎる紅茶を一口啜るとひそりと笑った。


「…何時ごろ効き出すのかと、思ってな」


「え………?」
 その言葉と同時に。かちゃん、と。

 軽い音を立てて、ガイズの手からカップが落ちた。
 割れこそしなかったものの、零れた紅茶が真っ白いテーブルクロスを染め上げていく。

 そのまま、ゆらりとガイズは床へ倒れこんだ。
 一緒にひっくり返った椅子が、ガタリと音を立てる。

「でゅー……ら?」

 舌が回らない。身体に、嫌な震えが走る。

「…何か…入れ…?どうして…!?」
 確かに紅茶は、同じポットから注がれたはずなのに。

 信じられない、そう言いたげな目で見つめるガイズの目の前で、勝ち誇ったようにデューラはまた紅茶を口に運ぶ。

『ストレート』の、紅茶を。

(ガキにはコレくらいが…丁度いいだろう…)

「まさか…さっきのミルクに……!」
「俺も同じものを飲んでいるから、と…油断していたようだな?」
 ふふ、と楽しげに笑うと、デューラはカップを置き、立ち上がった。

「さぁ…楽しいお茶の時間はそろそろ終わりだ…」
「や……」

 自由にならない身体を捩って逃れようとするガイズを、ゆっくりとデューラは追い詰める。
 そして身を屈め、手を伸ばそうとしたその矢先――





「…………あぁ?」





 まるで酒に酔いでもしたかのように、デューラの足元が急にフラついた。
 身体がぐらりと傾ぐ。ガン、と盛大な音を立てて額がテーブルの角にぶつかる。
「な…なんだ、コレ……」
 打ち付けた額の痛みに微かに涙を浮かべつつ。床に両手をついたデューラは、部屋の隅まで這いずって逃げた少年がべーっと舌を出しているのを見た。


「貴様ぁぁ――っ!さっきの紅茶に、何かしやがったなぁぁっ!?」
 漸く、思い至る。ガイズがテーブルまで持っていった、シュガーポット。
 『あんた見かけによらず、甘党だもんな』の言葉と共に盛大に放り込まれた…!

「砂糖に混ぜ物しやがったのか…!この、クソガキが!」
「…えぇー?何のことかなー…?」
 怒り心頭のデューラ。対して床に身を伏せたままの少年は、憎らしいほど涼しい顔で。

「『可愛いことしやがって…どういう風の吹き回しだ?』とか思ってたら…貴様…!」
「ふん、今まで散々騙されてきたんだ。たまにはお前も、思い知れ!」
 お互い床にべたりとへたり込んだ情けない体勢のままで、壮絶な応酬が繰り広げられる。

「ガーイズ…!お前…薬が切れたら…覚えてやがれ……っ!」
「は…っ!その前に…逃げるに決まってんだろ…!ばーかばーか!」
 言いながら、ガイズは己の方に向かって伸ばされた不埒な手にげしげしと蹴りを入れる。

「くっそ…!薬が切れたら…犯ってやる…!足腰立たなくなるまで犯してやるからなーっ!」
「どーだか…!そんな状態で…勃つとは思えねぇな…!」
「つかお前、どんだけ薬入れやがったんだ…!俺は少しは手加減してやったぞ…!?」
「そんなん…お前に常人の量で足りるわけないだろーが…!大サービスで規定量の3倍だ…!」
「3倍…!?何考えてやがる…!貴様、俺を殺す気か…!」
「お前がこの程度で死ぬようなタマかよ…!事実結構余裕で、動けてるんじゃねぇか…!コラ、近づくな…!」
 ずりずりと這いずって逃げるガイズ。その後を紺色の蛇と化したデューラが、これまたずりずり這いずりながら追いかける。
(本人たちにとっては)必至の攻防戦を繰り広げる彼らは。だから。

 かちゃりと部屋のドアが開かれたことに全く気づいていなかった。















 シルヴェスは、目の前に広がる混沌とした光景にそっと目頭を押さえた。

 ただ自分は、3時のお茶に入れる砂糖が無かったから。
 だから上司の所に、少し借りに来ただけだったのに。
 それだけだったのに。なのに。嗚呼、如何してこんな光景を見る羽目に。


「待ちやがれ…ガイズーっ!!」
「ちっくしょ…!来んな!来んなよぉぉっ!!」


 ずりずり這いずり回りながら、己の眼下で罵り合う上司と囚人139番。
 何が起きたかなんて、テーブルの上のティーカップを見れば一目瞭然。だけど。
(何やってんだこの人たちは…!もう…!)


「…シルヴェス?どうした?砂糖、貰えたのか?」


 頭を抱えるシルヴェスに、背後から声をかけるは赤毛の同僚。
 ひょこりと部屋を覗き込もうとする彼の襟首を掴んで、シルヴェスは踵を返した。

「行こう…ジャーヴィー…」
「え?え?どうしたんだよ?砂糖は?なぁ?」

 顔一杯に?マークを浮かべる相棒を引きずり、シルヴェスは早足でその場を立ち去る。
 追いかけるように悲鳴が聞こえた気がしたが、耳を塞いで無視をした。










 本日のお茶は、お砂糖無しで。

















END














某日日記よりサルベージ。

続きがあるのですが、女体化(…やっちまった)注意ですよー。


   ⇒つづき 『マドモアゼル・ローズバド』








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