さて、悪いのはどっちだろうね?




 届かぬ思い




 ガヤガヤと騒がしい朝の食堂を、一人の少年が歩いていた。
 頬や首筋に生々しい傷跡をつけた少年は、やや腰を庇うような動きでトレイを持ち、空いた席を探している。
 腰が痛むのか、少年の表情は目に見えて険しいものだった。

「――ガイズ!」

その姿を目にして男が一人、立ち上がった。長身の男は軽く手を上げると、己の隣の席を指し示す。
「席探してんのか?なら、こっちに来いよ」
「――エバ」
 『エバ』と呼ばれた男は人好きのする笑顔で少年――ガイズを誘う。
 が、その笑顔は一転して心配そうなそれに代わった。
「…大丈夫だったのか…?昨夜、デューラにまた連れてかれたって聞いて…」
 その言葉にガイズの顔がくしゃっと歪む。泣きそう、というよりは悔しそうと言うのが相応しい表情だった。
「そーなんだよ!もう、アイツ何なんだよ!いっつもいっつも人の事好き勝手にしやがって!!」
 エバの言葉に憤りも露ににガイズはまくし立てる。
「昨夜なんかさぁ、いきなり…」
「あー、ちょっと待て待て」
 勢いのままに昨夜の出来事を語ろうとしたガイズを、慌ててエバが押し留める。
「お前なぁ…そういった事を朝っぱらから、食堂で、しかもンなデカイ声で…」

「止めんのか?俺は是非聞きてぇけどなぁ?」

 背後から突然割り込んだ声に、ガイズも、窘めようとしていたエバも振り返った。
 振り返った先に短い銀髪を逆立てた、キツイ目つきの少年が立っている。

「…ジョゼ」
 目を見開く二人に、ジョゼは薄い唇をニィっと吊り上げて笑った。
 背後にはいつものようにイオが、恐らくジョゼの分であろうトレイを抱えて付き従っている。

 「で?昨夜はデューラの奴に何されたんだって?」
 からかうような口調でジョゼは尋ねる。
 その唇は笑みの形を取っているが…明らかに目が、笑っていなかった。
 漂う殺気にエバは戦慄したが、ガイズは幸いと言うか何と言うか。そのジョゼの様子にまるで気付いていない。
 話の先を促されて己の憤りを思い出したのか、拳を握り締めて昨夜の災難を語り出した。

「そうなんだよ、聞いてくれよ!昨日自由時間にちょっとフラついてたら、いきなりデューラに捕まってさ…」
「ほー。そりゃまたご愁傷様な」
「だろ!?で、連れてかれた先が何処だったと思う!?」
「まぁ順当に行けば…拷問部屋か?」
 ジョゼの言葉にガイズはぶんぶんと首を振る。

「もっと悪い!デューラの私室だぜ!?」

 その言葉に先程から蒼褪めた表情で会話に聞き耳を立てていたイオが、小刻みに震えつつ口を開く。
「そ、それは…怖かったでしょ、ガイズ…」
(もし僕がそうなったら、恐怖のあまり死んじゃうかも…)
 想像しただけで失神寸前になりそうだ。

「…ま、実を言うと前にも連れてかれたこと、あったからまだマシだったんだけどさ」
 怯えるイオを安心させるようにガイズは続ける。
「で?あの看守、お前に何させたんだ?」
 続きを促すようにジョゼが声をかける。

「膝の上に乗るように…言われた」

 躊躇いがちに告げられた言葉に、エバは思わず机に突っ伏す。
 イオは先の展開を想像して顔を真赤にし、ジョゼは無理矢理笑みを作っていた頬をぴくぴくと引き攣らせた。
「で、お前…乗ったのかよ…」
「…………乗ったよ。だって、あいつ手元で警棒チラつかせてるんだぜ?」
 さしたる抵抗も出来ず屈服した自分が悔しいのか、仕方ねぇだろ、とガイズは拗ねたように頬を膨らます。

「それでさ。机の上に…」
「どんな『お道具』が揃えてあったんだ?」
 半ばヤケになったようにジョゼが吐き捨てる。が、ガイズはきょとんとした表情で首を傾げた。

「『お道具』…?いや、机の上に置いてあったのは、魚」
「『魚』ぁ?」

 『膝の上』発言から賢明にも沈黙を守りつづけていたエバが、おかしな方向に逸れていった話に思わず口を挟む。
「『魚』って…何」
「どんなプレイだよ、そりゃ…」
「『プレイ』…?いや、普通の魚料理だったけど」
「『料理』?」

 意図しない方向にどんどん転がっていく話に、エバもジョゼも勿論イオも、完全に置いてきぼりになっている。

「ガイズ…何が何だかよく分からなくなってきちまったんだが…」
「もう一度最初っから簡潔に纏めて話せよ」
 二人に迫られて、ガイズは仕方ない、というようにかしかしと頭を掻いた。

「だからー。デューラのトコに連れてかれた訳。昨夜」
「ああ」
「で、部屋に入ったらいきなり、デューラが椅子に座って、自分の膝に乗るように言った訳」
「ああ」
「それで、言われた通りデューラの膝に乗ったら、目の前のテーブルには魚料理が並べてあった訳」
「…ああ」
 段々と内容が(違う意味で)怪しくなってきた。

「で結局…お前昨夜、何させられたんだ…?」


「延々と小骨取らされた。魚の」


「……………………………………………」
「あれ?何テーブルと仲良ししてんだ、お前ら。おーい、エバ?ジョゼ?…イオまでー…」
 どうしたー?と暢気に問い掛けるガイズに、テーブルに突っ伏していた3人は同時に顔を上げる。

「「それだけかよ(なの)!?」」

「そ…それだけって…お前らなぁ…!」
 全員に怒鳴られて、ガイズはドン、とテーブルに拳を叩きつける。
「就寝の点呼直前だぞ!結構腹減ってる頃なんだぞ!
 なのに人に骨だけ取らせて、あいつ一口だって喰わせてくれなかったんだからー!!」
「それは…当たり前じゃないかな…」
 流石に呆れてイオが突っ込む。

「何だよ…じゃー別に昨夜は痛い目にも合わされなかったんじゃねぇか…」
 大袈裟に腰なんか庇いやがって…とぶつぶつ言いつつも、ジョゼはどこか安心したようだった。
「まー確かにいつもに比べれば…マシな扱いだったかも、だけど…」
 訴えるだけ訴えて、漸く憤りも収まったのかガイズがぽそぽそと呟く。

「あれ…でも今日のガイズ…その…腰が、痛そうだよね…?」
 昨夜は性的な乱暴を受けたわけでもないらしいのに…とイオはおずおずと問い掛ける。
「何で…なの?あ、ごめん…!イヤなら答えなくっても、いいけど…」


「ああ。それはデューラの膝に乗ったままで、あいつに魚を食わせてたから」


 こともなげに答えたガイズの言葉に、全員が耳を疑う。
「…………え?」
「喰わ…せ…?」
「そう。膝の上に乗せられて、腰のトコもしっかり押さえられたままだからさー」
「………………」
「こういう風に…上半身だけ後ろに捻って、フォークをあいつの口まで運んでやらないといけなかったんだ…痛っ!」
 見本、というように椅子の上で上体を捻るとまた痛みが走ったのか、ガイズが小さく悲鳴を上げる。
「……ってぇ!……まあ…そういう事、だからさ…」
「………………」
「でも無理な動き繰り返すせいで腰は痛いし、服に落としたら殴るって言われてガチガチに緊張したし…」
 やっぱいつもよりマシってだけで、ロクなもんじゃなかったな、とガイズは締めくくる。
 そして完全に石化している3人を残して、淡々と食事を再開した。


「お前…自分のその行動に何ら疑問は持たなかったのか…?」
「ん?…ああ。デューラって面倒くさがりな奴なんだなぁ…とは思ったけど」
「そぉじゃねぇだろーよ…」
 分かってくれないガイズに、流石のジョゼも頭を抱える。


「ねぇ…エバ…」
「何だ…?イオ」
「僕ね…今ちょっとだけ…デューラが可哀相になったかも…」
「奇遇だな…俺もだよ…」


 二人の視界の先では、ジョゼとガイズが相変わらず噛みあわない会話を繰り広げている。
(『はい、あーんv』何てバカップルそのものの真似事までさせたのに…)
(それでも嫌がらせとしか思われてないなんて…な…)
(デューラって…)
(デューラって…)


(哀れ……)




 囚人二人が同時に心の中で呟いた頃、刑務所内某所でくしゅん、と小さなくしゃみが聞こえた。


「あれ…?主任、風邪ですか?」
「…?いや…誰か噂でも、してるのかな?」


 金髪の某主任は鼻を軽く擦って、怪訝そうに首を傾げた。











 …さて、この場合悪いのは鈍感な少年受刑者かな?
 それとも普段の行いが悪すぎた、看守主任さん?











END


















小骨の多い魚。
ファンブックにデューラの嫌いな食べ物として書いてありました。
それにしてもイオにまで哀れまれてるよ、デューラ…(涙)













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