4.王様の宝物庫









「で…『受け渡しに相応しい場』って、ここ?」
「うむ」
「…拷問室横の廊下が〜?」
 はっきり言って嫌な思い出の死ぬほど多い場所だから、自然と顔を顰めてしまう。
「まあ、そう馬鹿にしたものでもないぞ。使われない時はまるで人が寄りつかん分、却って穴場でな」
「あ〜、言われてみればここを使う人間なんて、滅茶苦茶限られてそうだもんなぁ…」
 ふっと具体的な『3人』の顔と名前が頭を過ぎる。
 …が、それ以外の人間が使っている所は――成る程、見たこと無い。
 今は幸い『3人』の誰も此処に来ていないのか、確かにベルベットの言う通り廊下は静まり返っていた。
 その廊下の片隅に座って、ベルベットは一人黙々と壁の煉瓦を叩いている。
「?ベルベット?何やってんだよ?」
「…王の秘密の宝箱じゃ。…この事は他言無用に願うぞ、ガイズ」
「『宝箱』…?あ!」
 目を見開く俺の前で、壁に嵌めこまれた煉瓦のうち一つをベルベットがズズ…と引き出した。抵抗無く、ゴトリと音を立てて煉瓦が外れ、壁に穴が空く。
「見よ!これが王の宝物庫じゃ!」
「うわ、すげ…」
 壁に空けられたその煉瓦一個分の穴の中には、キラキラと金色に輝く――

「…………チョコレート、だな……」
 …『金紙』に包まれた、チョコレートが詰まっていた。

「うっわー…どんだけ貯めたんだよ、ベルベット…」
 量にすれば、両手に乗せてもまだ余るくらいだ。
「こんなにあるなら、いっつもみたいに『チョコ〜、チョコ〜』なんて彷徨わなくったっていいじゃないか」
「…いや、わしも何せこの刑務所内に、幾つも同様の宝物庫を作っておるでな」
「ってことは…?」
「ついこの間まで、此処の存在をすっかり忘れておった!」
「何だよそれ〜」
 思わず呆れて吹き出してしまう。
(こんな生き物どっかにいたような…)
 何だったっけ?と一人首を捻る俺を余所に、ベルベットはいそいそとチョコレートを一つつまみ出した。
「さぁ、ガイズ。手を出せ」
「え?ホントにくれるの?」
 此処まで連れてきたのだから、当然そのつもりだったんだろうけど…チョコと見れば人の口の中(…)からだって取っていくベルベットが、その大好きなチョコを手放そうとするなんて、いまいち信じられない。
「…何て顔をするのだ、お前は…」
 驚きで一杯の俺は、よっぽどヘンな顔をしていたんだろう。ベルベットが呆れたように俺の頬をぺちぺち叩いた。
「わわ、悪かったよ!疑ってゴメン!」
「全くじゃ」
 拗ねたようにツン、と顎をそびやかした後、ベルベットはふっと真面目な顔で此方に向き直った。

「わしから、お前に。――丁重に受け取れよ?」

 真面目な顔で、両手でチョコレートを捧げ持つ姿に漸く俺は先ほどまで脳裏に引っかかっていた動物の姿を思い出した。
(あ。リスだ)
 前に聞いたことがある。リスは、来る冬に備えてドングリを沢山集めて、土に埋めて――そして埋めた場所をすっかり忘れてしまうのだ。
 で、結局土に残されたドングリはまんまと芽を生やし、そのまま木になってしまうという。賢いドングリと、ちょっとうっかりもののリスの話。
(まーさーにーそのまんまじゃん!)
 まぁ、ドングリと違ってチョコレートが芽を生やす事はないだろうけどさ。
 …と、小さく笑いつつそこまで考えた時、ふっと俺の脳裏に素朴な疑問が過ぎった。
(そう言えばベルベット、『隠してた事忘れてた』とか言ってたけど…)
 ベルベットが捧げ持ったチョコに、改めて視線を向ける。
(コレ…一体いつのチョコレートなんだろ…)
 ツゥっとイヤな汗が背筋を伝い落ちた。

「ベ、ベルベット…?」
「…?何じゃ?」
「あのさ…つかぬ事をオウカガイシマスが…」
「?」
「そのチョコ…いつの?」
「…………?」

 問われてベルベットは、顎に手を当ててうーん、と考え込む。
 そして、たっぷり30秒ほどの沈黙の後、漸く口を開いた。
「そうさのう…これは確か…今を去ること7年…いや、8年前だったか…」
(長ぇ――っ!っつーか、年単位かよ!)

「まあ、そんな細かい事は良いではないか!」
 思い出す事が面倒になったのか、満面の笑顔で会話を断ち切った『王様』の顔は、どこまでも邪気無く、いっそ清々しいものだった。

 …でもさ。
 …細かくないよ。
 ソレ、ちっとも細かくないよ、ベルベット!!

「それは結構重要事項のような気がしてならないんだけどなぁ…ベルベット…」
 チョコってどのくらいで腐るんだろう。結構長持ちした気はするけれど、それでも7,8年レベルまではもたなかったような気がする…
 今は包み紙に包まれている所為で妙な気配はまるで無いが、それでもこの包装紙を剥いだ時、中から一体どんな未確認物体が現れるのだろうかと想像すると、少し背筋が粟立った。

「…あのさ、ベルベット…」
「うむうむ、遠慮する事はないぞ、ガイズ。先ほどお前のチョコレートを食ってしまったのはわしじゃ。それでなくとも、お前には普段からもチョコレートを貰う事が多いしのう…」
 折角ですがご遠慮致します、の意志を婉曲に伝えようとしたが、先回りしたベルベットに退路は絶たれてしまった。
(うわ、俺もしかして今ちょっとピンチなんじゃ…)
 相手に悪意が無く、むしろこちらへの純粋な好意でもって行動してくれてるだけに――ちょっとタチが悪い。
 あわあわと焦りながら断り文句を考えている俺を余所に、ベルベットがぽつりと呟いた。

「チョコレートだけではない。…わしには他にも沢山、そちに貰っている物がある」
「『他に』…?」
 俺、チョコの他にベルベットに何かやったっけ…?覚えが無いんだけど。
 首を捻る俺に、ベルベットはふと苦笑いした。
「そうか…意外に、自分では気付けぬものなのかも知れんな…」
 それでも、確かに沢山のものを貰ったのだと。
 そう言って、ベルベットは手の中に宝物のように捧げもったチョコレートを差し出す。
 顔は相変わらず髪に隠れて殆ど見えないのに、泣き出す直前みたいな笑顔だった。
「貰っておくれ、ガイズ。わしは情けない王だ。…これ位しか、返してやれるものは無いが…」
(こんな…)
 その表情を直視できなくて、俺は俯く。
(こんな事言われてそれでも断ったりしたら、俺、鬼じゃねぇか!)

 再び顔を上げたときには、もう覚悟は決まっていた。
「貰うよ。…ありがとう、ベルベット」
 微笑んで、差し出されたチョコに手を伸ばす。大丈夫。ワインだって何年も置いたら味が良くなるんだし、このチョコだってきっと……きっと……
(って、ンなわけねぇよなぁ…)
 はは、と乾いた笑みを漏らしつつ、俺は自分の希望的観測を一蹴した。
 そしてこれから壊滅的被害を受けるであろう己の腹を、労わるようにそっと撫でる。

 頑張れ、俺の胃袋。

 悲壮な決意と共に、俺はこれから7年物のチョコを送り込まれようとしている哀れな自分の胃袋にエールを送った。…多分、無駄に終わるだろうけれど。

「それじゃ、いただきま…」
「ガイズ!やっと見つけた!」

 その時、頭上から張りのある声が掛けられた。
 聞覚えのある同世代の少年の声に、俺は伸ばした手を思わず引っ込めて頭上を振り仰ぐ。
「シオン?」
 見上げた先で、シオンのあの太陽みたいな笑顔が輝いていた。
 俺の大好きな、シオンの笑顔。つられてこちらまで笑みが零れる。
「どうしたんだよ。何か用?」
「夕飯になってもちっとも来ないから――迎えに来たんだ」
 ほら、行こう!と言ってシオンの腕は俺の腕を掴むとぎゅうぎゅう引っ張った。
「シ、シオン〜そんなに引っ張るなよ〜」
「ごめんごめん、でも早く行かないと食いっぱぐれるぜ?ガイズ」
「ガ、ガイズ!」
 突然の乱入者にチョコを捧げ持った形で凍結していたベルベットだったが――漸く我に返ったのか、慌てて俺の名を叫ぶ。
「あ、ベルベ…」
「行くぞ、ガイズ!」
 呼びかけようとした俺を遮るように、シオンは俺の手を引っ張って駆け出した。
(…『引っ張って』って言うか俺、半分以上『引き摺られてる』状態なんだけどな、シオン…)
ずりずりずり、と超高速で引き摺られる踵が、摩擦熱で燃えるように熱い。

「ガイズ!?シオン、そなた何処へ…!」

 切羽詰った声でベルベットが呼びかけた。未だその手の中にあるチョコレートに、良心がズキズキ痛む。

 だけど。

(ごめん、ベルベット…!やっぱ俺、お前の気持ちだけ受け取っとく!)
 呆然と立ちすくむベルベットに、俺は心の中で手を合わせた。


 実のところほんのちょっとだけホッとして――タイミングよく乱入してくれたシオンに、かなり感謝もしていたのだけれど、それは秘密。




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 …一人残されたチョコレート好きの王様は二人の後姿を見送って、むーっと唇を尖らせる。
「ままならぬモノだのう…」
 そして手の中に虚しく残ったチョコを暫く眺めると…
「おのれ、シオンめ〜!もういい!もう、ヤケじゃ!」

 自分の口に放り込み、バリバリと音を立てて噛み砕いた。

 …とは言え、刑務所極限生活に慣れたベルベットの胃袋は常人レベルを逸脱して頑強になっていたというから――ある意味、問題のチョコレート(推定7年モノ)はごく平和に処理されたと言えよう。


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