8.最後のチョコレート シャワーから上がってきた俺は、さっきとは裏腹に鼻歌を歌いながら廊下を歩いていた。 まだ少し濡れている髪をタオルでガシガシ拭きつつ、独房に向かう。 …だけど、隣の独房のヴァルイーダは、まだ帰って来て居ないみたいだった。 「あれ…洗濯にそんなにかかってんのかな、ヴァルイーダ…」 うーん、と俺は腕組みする。何せ、今日は6個ものチョコレートを逃がした、『史上最もチョコレートに縁遠かった日』だ。…油断は、ならない。 だけど俺の心配は、今回はどうやら杞憂に終わったようだった。 「…あれ?」 棚の上に、見慣れない小さな箱がひっそりと置いてある。 「ヴァルイーダの奴…こっそり置いていってくれたんだ…」 そっと蓋を持ち上げると、独房の中に甘いカカオの香りが漂った。 6つに仕切られた箱の中に、ややいびつな丸いトリュフチョコレートが納められている。 「うっわ…v美味そう…v」 そっと一つを指先で摘み上げ、口の中へと放り込んだ。 途端、溶けるような甘味が口の中に広がる。 「美味い…!」 一日、散々焦らされて焦らされて、やっと味わう事が出来たチョコレート。 しあわせー、と俺は目を細めた。 きっとよくエバにからかわれる、『猫みたいな顔』になってるんだろう。 「それにしても美味いv後でヴァルイーダに礼を言わなきゃ」 もう一つチョコを口に入れて、俺は隣人の面影を思い浮かべる。 「すっげぇ美味しいチョコだし、高そうだし…賭けで手に入れたにしろ、きっと大変だったんだろうなぁ…」 でもヴァルイーダ、『賭けはしない』なんて言って、案外強いんじゃん、と俺はくすくす笑う。 …と、3個目を食べた頃、俺は小さな違和感に気付いた。 (…あれ?何だろ?このチョコ、どっかで食べた気がする…) 何処で食べたっけか…と頭を捻るが、中々思い出せない。でも確かに、その味には何だか覚えがある。 (ルスカがいつかくれた奴と一緒だったのかな…?俺が賭けで手に入れたやつとか、エバに貰ったやつとは違うよなぁ…) もそもそと4個目を口に運びながら、それでも中々出所が思い出せない。 (あ…!でもこれと同じ物食べたとき、ベルベットも一緒に居た気がする。…ってことは、やっぱりルスカの…?) でも、いつの物だったんだろう。思い出せない。ベルベットと一緒に食べたチョコは、ルスカのと、エバのと、自分で手に入れた奴と… (…いや、『もう一つ』何か無かったっけ…?) 思い出そうとすると、酷く頭が痛い。 (ベルベットと…一緒…に…食べた…) その時、ふっと俺の脳裏に、ある言葉が蘇った。 ――チョコレートケーキを作ろうと思って…な ――ほら、お前。食っていいぞ 「…………っ!!」 かっつーん、と俺の指から落ちたチョコが、床に跳ね返って硬質な音を立てた。 嫌な汗が、首を伝い落ちる。膝の震えが止まらない。 (まさか…) どうか、外れて欲しい。でも、外れて欲しい予想こそ当たってしまう事を、俺は嫌と言うほどよく知っている。 カツ、という音が背後で響いた。背中に痛いほど感じるプレッシャー。振り返れない。…振り返るのが、怖い。 「……ひっ!」 悲鳴は、喉に引っかかって殆ど声にならなかった。背後からきつく抱きすくめられて、全身が強張る。 『白手袋の』指先が、ツゥっと俺の唇をなぞった。 「……食ったな……?」 「あ……あぁ……」 余りの恐怖に、舌が満足に回らない。 「俺からのチョコレートを…今、確かに食ったよなァ、ガイズ…?」 耳元に注ぎ込まれる言葉はチョコレートより余程甘くて、背筋がゾクリと粟立つ。 「ちが…違う…!」 ヴァルイーダからのだと…ヴァルイーダからのだと思ってたから、俺は安心して…! …というか。 お前のだって知ってたら俺、絶対に食わなかった!! 半泣きの俺を余所に、デューラの手は片方で俺の腰を押さえつけ、もう片方で胸の辺りを緩やかに辿る。 「しかも…俺以外の奴らのチョコは、どれも受け取って無いって…?可愛い事するじゃねぇか…なぁ、ガイズ?」 (ち、違うーっ!アレは全部事故で…!) 言い返したくても強張ったままの俺の舌は、まるで言葉を紡がない。 「本当は俺からのチョコを…待っていたんだろう?ん?」 (ンな訳あるかぁぁっ!!常識で考えやがれ!) 言い返したくても言い返したくても(以下略) その内、デューラの手がシャツの裾から滑り込んできたのに気付いて、慌てて俺は身体を捩った。 「ちょ…何…!?」 「『何』って?決まっているだろう」 クク、とデューラは低く笑う。 「お前は今、俺からのチョコを食っただろう?だったらお前の方からも『お返し』するのが筋じゃないか?」 「『お返し』って…俺、お前にやれるもんなんて…一つも、な……っ!」 「馬鹿を言うな。…ちゃんとあるだろう、ここに」 「何だよ…!」 ホントは分かってるけど。…多分、絶対、十中八九、それは…! 「お前の…身体だっ!」 「ぎゃーっ!イヤだぁぁぁぁっ!」 案の定の台詞と共にどさ、とベッドの上に押し倒されて、堰を切ったように俺の喉から絶叫が迸る。 「…あ、あとついでにお前のココロも」 「それはもっとイヤだぁぁぁっ!」 ベッドの上にひっくり返されて、遮二無二暴れる俺を軽々と抑えるデューラは心底楽しそうで。 ガキのような笑顔に目を奪われてしまった瞬間、素早く唇を奪われる。 絡みつく舌。チョコレートの甘さまで全て奪い尽くすようなそれに、俺はゆっくりと抵抗を奪われていくのを感じていた。 ********* 「おやおや…」 ヴァルイーダは、チョコの入った小箱を片手に驚いたように立ち止まった。 自分の独房の隣から絶え間なく聞こえてくる、すすり泣きの混じった喘ぎ声。そして、その合間合間に混ざる、低く甘い淫らな囁き。 他人の情事を覗き見る趣味は無いが…それでも、『下』になっている人物に用事がある以上、それも致し方ないことだとヴァルイーダは自分を納得させた。 「それにしても…人が『汚れ』を落としに行って居る間に…油断なりませんねぇ…」 苦笑しつつも、顔の中で鋭い眼光を放つその眼だけが笑っていなかった。 「まさか今日という日に、最後まで大人しくしているとは思ってませんでしたが…少しは頭が使えるようになったってことでしょうかねぇ…デューラ」 口元に不穏な笑みを刻みつつ、ヴァルイーダの指先が箱からチョコレートを一つ、摘み出す。 そして切れ長の目を眇め、暗闇にも目立つ金色の『的』に狙いを定めた。 銀髪の狙撃手が放つチョコレート弾丸(160km/時)が、幸せの絶頂にある主任の後頭部に炸裂するまで―― …あと、3秒。 END |
← ガイズ総当りバレンタインSS。漸く完成しました。 もう、どうぞ罵ってやってください、鳥呼を…! 計8話って何さ。 しかもこの後にひっそりこそりとおまけもあったり。 まだお時間に余裕のある方は、コチラよりどうぞ。 さてさて、ガイズには今回無闇やたらと人を惑わした罰に、 最後に怖い目に遭って貰いました(それが本命カプに言う言葉か…!) そして折角のバレンタインだから… …いや、バレンタインくらいは(哀)主任にはいい目をみさせてあげようかと思ったのですが、 それを許さないお人が一人。 最後のオチは、やっぱり彼です(最強伝説)。 |
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