それは、パステルカラァの甘い夢。










イイユメ








1.


「…洗濯物を、届けに来ました」
「ああ。ご苦労さ…」

 いつものように何気なく扉から顔を出し服を受け取ろうとしたジャーヴィーは、相手の顔を見て動きを止めた。
 今日の洗濯屋は、いつもこの刑務所にやってくる老女ではない。…それ以前に、女性ですらなく。

 そして、本来ならば二度と此処へは現れるはずの無い人間だった。

「ジャーヴィー。どうした?」
 戸口付近で固まってしまった同僚を訝しく思ったのか、同僚のシルヴェスが背後から顔を出す。
 そして、目の前で洗濯物を抱えて所在無げに立つ少年の姿に、目を見開いた。


「君…『ガイズ』?」


 二対の強い視線に射すくめられて、少年はこく、と一度頷いた。









 記憶にあるより、心持ち背が高くなったような気もするが、華奢な身体も挑んでくるような表情も、その真っ直ぐな目も。何一つ、変っていない。


「どうして…」
「…話では、確かお前出所の後は家族と遠い町で暮らすとか聞いていたんだが…」
 シルヴェスとジャーヴィーの問いかけに、静かにガイズは口を開いた。

「…ホントは、その筈だったんですけれど…俺、やっぱり田舎暮らしって性に合いそうになかったし、こっちみたいな都会の方が稼げるし。暫くは一人で頑張ろうって決めたんです。ルスカに――俺の弁護士に、身元保証人になってもらって」
「それで、『洗濯屋』?」
「ええ。…やっぱり刑務所帰りじゃ雇ってくれるところも少なくて…」
「ああ…そうだったのか…」
「あ、でも、今のところの小母ちゃん、そんなこと全然気にしない人で!すっごく良くして貰ってて!」
 悪い事を聞いた、というように俯いてしまったシルヴェスに慌てて手を振ってガイズが言葉を重ねる。

「だから…大丈夫です」
 そう言うとガイズはふわりと笑った。見るものを安心させる、包み込むような笑み。

(こんな笑い方も…出来る子だったんだ…)

 傷だらけで意識を失った身体を何度も医務室へ運んだ事を思い出す。今この子は幸せなんだ、と思うとジン、と目頭が熱くなってシルヴェスは目を逸らした。

「そうか。なら今はマトモに働いてるんだな」
 そんなシルヴェスに気付いたのか、ジャーヴィーが後を継ぐように口を開く。
「あ、はい」
「…でも、何時から働いてるんだ?お前。それに、いつも此処に届けに来るのはあの小母さんだろ?今日に限って、何でお前が…」
「それが…小母ちゃん、今朝方腰を痛めてしまって…それで今日だけ代わりを頼まれ…」

「何だと!?」
「うわっ!」

 その言葉を聞いた途端、目を剥いたジャーヴィーはガイズに飛び掛かった。そして胸倉を掴むとガクガク揺さぶる。
「おい!小母ちゃんは大丈夫なのか!?どっか後遺症が残ったりとか…!」
「だ、大丈夫ですっ!医者に見せたけど、『暫く休ませれば問題無い』って…!苦し…」
「そ、そう、か…」
 ぱっとガイズから手を離したジャーヴィーは、安心したのかへなへなとその場に崩れ落ちた。
「あの…」
「あ」
 解放されたガイズが訝しげに声を掛ける。すると漸く我に返ったのかジャーヴィーは慌てて立ち上がって誤魔化すように咳払いした。

「ま、まあ大事無いなら良かった。あの人には…何かと世話になっているからな」
 頬をまだ赤くして、それでも体裁を整えようとするジャーヴィーに、ついシルヴェスは噴出してしまう。その所為でまた、ジャーヴィーの頬はその髪に負けないくらい真赤になってしまった。
「し、シルヴェス…!笑うな!」
「す、すまない…!だけど、漸くお前が最近洗濯屋の受け取りだけ、率先してやるようになったのか分かったよ…!その『小母ちゃん』に、会いたかったんだろ?」
「ち、ちが…!そりゃ、確かにちょっとあの小母ちゃんは喋りとかが母ちゃんに似てて、話してて懐かしかったけど…!」

 言い訳に言い訳を重ねようとして余計にボロを出してしまったジャーヴィーを、遠慮なくシルヴェスは笑う。
 間に挟まれたガイズは、『爆笑するシルヴェス』と『真赤になって震えているジャーヴィー』という服役中には中々見られなかったものに挟まれて目を白黒していた。

「ああ…悪いね、彼の母親はあの小母さんと同い年くらいだから、余計にあの年頃の女性の怪我なんかが心配なんだよ」
「はぁ…それじゃあ、いつも洗濯物の受け取りをしている看守って…ジャーヴィーさん、なんですか…?」
「そうだな」
「あ、じゃあ、コレ…」
 小母ちゃんからの預かり物です、とガイズがポケットからカサカサと取り出したものに、ジャーヴィーの表情が引き攣った。

 ミルキーピンク、スカイブルー、ミントグリーンにレモンイエロー…

 ガイズの手の中で、陰鬱な刑務所の暗さにはに余りにも似つかわしくないパステルカラーのキャンディが、愛らしい色彩を振り撒いている。
「何か…小母ちゃんが『いつも洗濯物を取りに出てきてくれる看守の子に、アタシがお駄賃にあげてる飴だよ。持ってってあげな』って…」

 でも、ホントにそれってアンタなの?

 心底不思議そうなガイズの視線に、今度こそ完全にジャーヴィーは沈没した。
「お、小母ちゃ〜ん…何、コイツにまでバラしてんだよぉ…」
「成る程。お前がたまーに持ってる明らかに不似合いな飴の出所は、其処か」
 納得したようにうんうんと頷く相棒を、恨みがましげにジャーヴィーは見上げた。















 










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