『金の斧銀の斧』の続きです。 まだ読んでない方は此方からどうぞ。 さてさて、残された主任は如何したのでしょうか? 金の斧銀の斧・2 さて、前回ガイズを池の中に落っことしてしまった主任です。 泉の女神ヴァルイーダにまんまと可愛いガイズを拉致られてしまった主任ですが、その後彼は一体如何したでしょう? 池の淵で一人、もう会えないガイズを想って泣き伏しつつ日々を過ごした…とかだったらそこそこ絵になりそうな気がしないでもないのですが。当然そんな殊勝さを、彼が欠片ほどでも持ち合わせている筈がありません。 「くぉらぁぁぁっ!出て来い、ヴァルイーダーっ!!」 静かな池の水面におりゃおりゃ、と木の枝を投げ込み。小石を投げ込み。大石を投げ込み。木の切り株を投げ込み…仕舞いには、泣いて縋りつくジャーヴィーを振り切って部下のシルヴェスを池の中に投げ込もうとし…た段になって、漸く再び水面が光を放ち、あの男…いえいえ、女神が姿を表わしました。 麗しい面は先程と何ら変わりませんが、投げ込まれた切り株を避けきれなかったのでしょうか。後頭部を擦りつつ、不機嫌そのものの面持ちです。 「ハイハイハイハイ、お呼びですかー」 「(やる気ねぇ…)…お呼びですか、じゃねぇだろ!」 外見にそぐわないヤンキー座りで此方を睨み上げてくる女神を、主任は怒鳴りつけます。 「あのなぁ…さっきから何度も何度も言うように俺が落としたのはガイズだって言ってんだろ!?さぁさっさと返しやがれ!」 怒り心頭の主任をちらりと眺めてぴん、と人差し指を立てた女神は、池の淵で団子になっている3人の男を指差しました。 「……大特価増量セール中で、あの3人と交換ってことでどうです?」 「却下」 「…デューラの贅沢者ー… ぶーっと女神はその秀麗な白い頬を子供のように膨らませます。 「エバは特に女性陣に人気が高いしー、ジョゼだってメガネ(酷)だって、『命と引き換えにしても惜しくは無いわ…っ!』ってくらい欲しがってる人は多いのに〜」 この贅沢者め、とぶつぶつ言う女神に主任は、こめかみを引き攣らせつつも貼り付けたようなニッコリ笑顔で腕の中の者をぐわっと抱え上げました。 「ヴァルイーダ。なんなら今度はコイツを投げ込んでやろうか…?」 「うわーっ、シルヴェス!シルヴェスーッ!!主任、止めてくださいぃぃっ!!」 泣き叫んで主任の腕に縋りつくジャーヴィーを見て、流石に哀れに思ったのでしょうか。 「…分かりましたよ」 女神はふう、と一つ溜息をつくと肩を竦めて再び泉の中へと消えていきました。 そして30分程度が経過しました。 先程よりも随分時間がかかっているようです。 「…畜生…遅い。遅すぎる…!何をやってやがんだ!」 「新しいネタでも仕込んでる最中なんじゃないですか?」 無事に救出されたシルヴェスの傍らで、ジャーヴィーが口を挟みました。相変わらずお馬鹿で無謀な子です。 「…もしアイツが、また愉快な新ネタ携えて登場しやがったら…今度はお前を池に投げ込んでやるからな…?」 案の定ただでさえ苛立っていた主任は、全く洒落になっていない脅しで部下を黙らせました。 それからさらに20分。 そろそろ主任の我慢も限界です。 わきわきと手を動かし、時々傍らの部下二人に目をやります。どうやら、『あと一分待って来なかったら、こいつら二人纏めて投げ込んでやる…!』とか考えてるみたいです。二人とも、逃げて逃げて。 そして運命の一分後。怒りに表情を無くした主任がゆらりと立ち上がった途端、背後の池が再びあの眩い光を放ちました。 「来たか…!」 主任は振り返り、恐怖に竦んでいた部下二人を放り投げて池の淵に駆け寄ります。 3度現れた銀髪女神は、今度も腕の中にしっかりと何かを抱えていました。 (誰だ…?今度こそ本物連れてきただろうなぁ…) 今度こそ騙されまいと、主任は用心深く女神の腕の中に抱えられた人物を伺います。 白い腕の間から零れる艶やかな漆黒の髪は、確かに主任の『落し物』のものです。 「ガイズ…!」 感極まって主任は叫びました。そこにいたのは、確かにガイズです。あの女神の腕の中にすっぽりと納まっているのはどうにも気に入りませんが、確かに―― (……?) そこまで考えて、主任はふと首を傾げました。 ガイズは、確かにやや小柄な少年です。 でも、ヴァルイーダにあんなに軽々と抱き上げられるほど、小柄だったでしょうか? アレでは、まるで幼児サイズです。 そして同時に、女神の後ろに影のように立つ人影も気にかかりました。 ヴァルイーダにはやや足りないもののすらりとした長身の青年で、俯いているため顔は分かりませんが、これまた見事な黒髪の持ち主です。 「…さて、質問ですが…デューラ」 にこりと微笑んで女神は腕の中に抱いた少年を見せ付けました。 「貴方が落としたのは…この『ガイズ』ですか?」 ヴァルイーダに抱かれた5,6歳程度の少年は、『あんただれ』とでも言たげなきょとんとした眼差しでこちらを見ています。 ふくふくとした柔らかな輪郭の顔立ちの中で、ややキツ目の大きな金目だけは確かにあの『ガイズ』のもので――主任は、くらりと眩暈を起こしそうになりました。 よろめく主任とは裏腹に、楽しそうな女神は今度は背後の青年を指し示します。 「それとも…こちらの『ガイズ』でしょうか…?」 女神に促され、顔を上げた青年は――確かにこれも、『ガイズ』でした。 現在の彼より4、5歳は年上でしょうか。顔立ちがシャープになっては居ますが、相変わらず主任が愛した負けん気の強さに変わりは無いようです。 そんな『冤罪ファンディスク限定・幻の20歳ガイズ』は、呆然とこちらを見ている主任と目が合うと、思わせぶりにぺろりと舌で唇を舐めて見せました。…この子、この5年間で一体何があったんでしょうか。 ともあれ目の前に突然出現したガイズハーレムに、主任は卒倒寸前でした。 そんな主任に、女神はある意味究極の選択を突きつけます。 「無垢で無邪気で純真な『幼児ガイズ』、そしてアダルトな魅力を兼ね備えた『20歳ガイズ』。さぁ…あなたの今夜のオーダーは…どっち!」 「選べるか――――っ!!」 主任が叫びました。血を吐くような叫びでした。 「…そう言われてもねぇ…泉の話としては、やはりここで貴方に選んでもらわないと…」 女神はそうぶちぶちと言いますが、主任には選べません。選べるわけ、ありません。 ですが女神の、『うーん、何なら私が二人とも持って帰っちゃいましょうか♪』の一言に、慌てて頭を悩ませ始めました。 子供ガイズと大人ガイズ。ハッキリ言って、これ以上ないほどに贅沢な選択です。 ちら、と目線をやれば、女神の腕の中で一人遊びにも飽きたのか、幼いガイズが純真そのものの眼差しでこちらを見つめていました。 目が合うと、きょと、と首を傾げます。まだ主任の怖さを知らないせいか、真っ直ぐな眼差しには物怖じする様子はありません。今すぐ掻っ攫いたくなるようなその可愛さに、主任はぎゅっと拳を握りました。 (俺はあのメガネとは違う…違うが…!幼いガイズも、悪くねぇ…!ってか、イイ…!) まだミルクの香りがしそうな小さな身体を抱きしめて。手元から離さないで。 何もかもを自分の手で教え込んで。自分好みに仕込んで開発して―― いつか理想的に育ったガイズが、『もう俺、デューラ以外は見えねぇんだ…』と呟いてこの胸に飛び込んできたら…! そんな『ガイズ育成シュミレーションゲーム』に心奪われ、主任はふらふらと幼いガイズに手を伸ばそうとします。 ――とその時、女神の傍らに立っていた『20歳ガイズ』と視線が合いました。 大きな目をスッと細めて、20歳ガイズは挑発的な笑みを浮かべます。 健康的な外見と艶を含んだその微笑とのアンバランスな魅力は、主任の心臓と…ついでに、下半身を直撃しました。 今のガイズがほわほわとした毛玉のような愛らしい子猫だとすれば、目の前の彼は正に優美な黒豹。愛らしさの代わりに滴るような色気を携えて、眼差しだけで主任を誘います。 抗いがたい誘惑に、自然喉がごくりと鳴るのを主任は止めることが出来ません。 幼児ガイズに伸ばしかけた手を止めて、主任は改めて頭を抱えました。 (子供ガイズは…これから育ててく楽しみがあるが…その分、今すぐ手を出すことができねぇ…!) それに対して、20歳ガイズは…この様子から見るに、相当際どいことまでしてくれそうな勢いです。『アダルトバージョン・お色気ガイズ』と過ごす一夜は、想像するだけで鼻血ものの世界でした。 (畜生…!どうする…!?純真無垢な幼児ガイズか、色気過剰の20歳ガイズか…!) これ以上ないほど脳を回転させ、主任は悩みまくります。贅沢な悩みであり、かつ、相当に爛れた悩みです。 こうなったら、目の前で意地悪い笑みを浮かべたこの女神をぶん殴って、二人とも抱えて逃げようか、と物騒なことを考えたとその矢先――ふ、と女神の傍にもう一つ人影があることに、主任は気づきました。 人影は、女神や青年ガイズより随分小柄です。その上、拗ねたように膝を抱えて蹲っていたから、だから主任も今まで気づかなかったのでしょう。 「…おい、お前」 呼びかけられて、気のなさそうにのろのろと顔を上げる少年は―― 「…………………」 ガイズでした。主任が最初に池に落とした、あのガイズでした。 見返す眼差しは、小生意気で何処までも反抗的です。幼いあのあどけなさも、大人になった彼の優美さも色気も何もありません。 生意気で、ちっとも言うことを聞かなくて、いつも主任の顔を見るたび逃げてばかりで――でも、いつものガイズです。確かに、いつものガイズです。 怒ったように睨み付けてくる『ガイズ』に、主任はほんの少し微笑みました。 そして、女神に抱えられた子供ガイズと、傍らの20歳ガイズに視線を向けます。 まだ自分を知らない、『過去のガイズ』。 自分を恐れることのない、『未来のガイズ』 彼らを選べば、もう自分は拒まれることはないでしょう。 どちらのガイズも、きっと自分の伸ばした手に躊躇いもなく絡み付いて、甘えてくれることでしょう。 だけど。自分が惹かれて。手元に置いておきたいと切望したのは。 「…俺が落としたのは」 こいつだ、と言って主任はガイズを引き寄せました。 ――『現在』のガイズの、薄っぺらで貧相な身体を、大切そうに引き寄せました。 その答えを聞いて、 ふっと池の女神は苦笑いをしました。 「…何だ。騙されてくれないんですね」 「当たり前だろう」 「…とか言って、散々目を眩ませてたくせに…悩みまくってたくせに…」 ぽそ、と皮肉を言う女神を、主任はきつく睨みつけます。 「まあ…いいでしょう。『正解』ですよ、デューラ…」 そう言うなり、女神の身体が淡く光を放ち始めました。 彼が抱えた小さなガイズ、そして傍らの大人ガイズも同様に光を放ち、ゆっくりとその姿を大気に溶け込ませていきます。 少し…いえ、かなり口惜しいものを感じつつも、主任はそれに追い縋ることはしませんでした。 だって自分の手元には子供以上、大人未満の――あの大切な存在が、残っているのですから。 「……ガイズ」 万感の思いを込めて、主任はその名を呼びました。同時に、彼の肩を強く引き寄せます。 ところが。 「………あぁ?」 すか、とその手が、見事に空振りました。 ぎょ、として傍らを見やると、確かにさっきまでそこにいたはずのガイズが消えています。 「ガイズ…!?何処に行った…!?」 あわあわと辺りを主任は見回します。ガイズは居ません。代わりに、部下二人と泉から出てきた3人が暢気に木陰でウノをしていました。 「おい、お前ら…!ガイズは何処だ!」 「何処って…主任がぼーっとしてるうちに、すたこら逃げていきましたよ」 「な………」 確かに、自分は『今』の彼を望んだのだけれど。 嫌われても、憎まれてもいいから、と――『今』を望んだのだけれど。 「こんな結末あるか、畜生――――――っ!!」 主任の淋しい叫びは、森の中にただ虚しくこだましました。 「…く…しょ……」 びくんびくん、と見ている目の前で、椅子にもたれたデューラが痙攣している。さっきから、一体どんな夢を見ているのだろうか。 作業終了の報告に、ガイズがこの部屋にやって来てから小一時間。 いつもならイヤになるほど自分の気配に敏感なこの男だというのに――今日に限っては、傍らで息を潜めて寝顔を眺めるガイズに、ちっとも気づく気配がない。 しかも、時折苦しげにうなされたり、何かを投げ込むような動作をしたり、ニヤけたり悩んだり叫んだり。…本当に、どんな夢を見ているというのだろう。 (面白い……) 観察していると飽きなくて、思わずまじまじと眺めてしまう。 今度は、口の中で何やら恨みがましげな寝言をぼそぼそと言っていた。それを聞き取ろうとガイズは身を乗り出して、デューラの口元に耳を寄せる。 デューラがぱちりと目を開いたのは、その時だった。 「………あ」 デューラの上に半ば乗っかるような格好で、ぴき、とガイズは固まった。 「……あの……えと……これ、は……」 どうか穏便に穏便に、と言いながらガイズは、じりじりとデューラから身を離そうとする。 「…何だお前、やっぱり居たんじゃねぇか…」 「は……?」 訳の分からないことを言われ、一瞬ガイズの動きが止まる。 そこへすかさずデューラの腕が伸び、ガイズの身体を引き寄せた。 寝起きのまだ熱い身体に抱きこまれて。混乱したガイズはじたじたと暴れる。 「あ…あの……デューラ…?」 胸板に手をついて、離れようとするガイズの身体を一層デューラはきつく抱きしめた。 「何なんだ、貴様は……俺様があの『究極の選択』から選んでやったんだぞ……?」 むにゃむにゃと、まだ夢うつつの状態で吐かれる言葉は相変わらずよく分からないもので。 「な……」 「だから」 まだ瞳を閉じたままで、デューラはうわ言のように呟いた。 「傍に…居ろよ……?」 「……………っ!」 パッとガイズの頬が林檎色を帯びる。 「何言ってんだよ…お前…!」 怒鳴っても帰ってくるのは、すうすうという平和な寝息だけで。 「何なんだよ、もー…」 頭をぐしゃぐしゃと掻いて、ガイズはぼやく。 (傍に…居ろよ……?) その身勝手な命令に、ガイズはYesとは言わなかった。 だけど。 離れることも。 また。 …無かった。 END |
前回が余りに可哀想だったから。 だから今回はラブで!ラブで!ラヴで!!(煩い) 戻 |
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